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未解明の体験談/目次
2007 / 09 / 16 ( Sun )
mikai_02.gif

知り合いの「見えないものが見える人」から寄せて頂いた体験談です。
見えない世界や幽霊と呼ばれるもののことが少しわかるかもしれません。ぜひご覧ください。

[目次]
第一話「修学旅行の怪」
第二話「テーブルの上にある首」
第三話「手招きするモノ」
第四話「トイレットホルダーの怪」
第五話「解放されたモノ」
第六話「行ったり来たりするモノ」
第七話「のぞきみるモノ」
第八話「すれているモノ」
第九話「おとないさん」
第十話「小さな隙間に潜むもの」
第十一話「ひびの話」
第十二話「部活動の帰りにて」
第十三話「樹海の中にて」
第十四話「人がものをなくすとき」
第十五話「夜道のびっくりものたち」

番外編
番外編1「広島」
番外編2「TV番組からも拒否されたお話」
番外編3「見える一族」
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06:59:01 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
未解明の体験談/番外編3「見える一族」
2007 / 09 / 16 ( Sun )
母方の親戚に、いわゆる「見える一族」がおります。この方々は「見える」なんて一般的(?)な能力に留まらず、予知能力やら千里眼など特殊能力のちょっとした展示会が開けそうなレベルです。

この方々の中で現役最強(笑)を誇り、一族からの信頼も一際厚い方がいらっしゃるようで、話によると一族の方々は皆さんお亡くなりになると、必ずその最強の方の枕元にご挨拶に伺ってから旅立たれるそうです。中には自分がこれから行く天国を見せてくれたなんて人もいるそうです。

以前、そんな一族のとあるお婆さんがお亡くなりになったときもやはり枕元に現れました。実はこのお婆さんとは直前に喧嘩別れをしていたそうですが、それでも来てくれたわけです。
で、お婆さんは無言で懐から何かを取り出すのです。この最強のお方がまだ幼い頃は、このお婆さんがよくお小遣いをくれていたそうで、ああ、最後に何かくれるんだなと見ていたそうです。
が、お婆さんが懐から取り出したのは鼻紙で、それで自分の鼻をかんでからクシャクシャに丸めてこのお方に投げつけて旅立って行かれました。
よっぽど直前の喧嘩が腹に据えかねていたんですね。

(マイミクからの投稿)
06:55:25 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
未解明の体験談/番外編2「TV番組からも拒否されたお話」
2007 / 09 / 16 ( Sun )
とある東北地方の大学。そこへ行く道中を何気なく車の助手席からビデオカメラで撮影していた。
その道の途中には、実は「自殺の名所」として知られている橋があるという。
自殺者が後を絶えないため、自殺者が出る度に防止用のフェンスを高くし、ついには内側にフェンスを曲げることにしたが、その工事中にも自殺志願者が現れ、それを押し止めようとした際に下を見たら先客がいたという逸話があるほどだ。
当然、カメラはその橋も撮影していた。
大学に着いてから、早速ビデオを再生した。すると、問題の橋のところで、この世のものとは思えない光景が映し出された。
これはスクープだとビデオを某奇跡番組に送ったが、事前に御祓いをして霊的な影響が出なくなったものを放送していると言う同番組は「これは危険過ぎて取り扱えない」と送り返されてしまった。
そこに映っていたもの・・・それは、橋の左右の欄干の上にズラリと並んだ無数の生首が川の方を無言で見つめているというショッキングなものであった。
しかも、後日再びそのビデオを再生すると、生首数が明らかに増えているのだと言う。
そのビデオが、その後どうなったかは知らない。

(マイミクからの投稿)
06:54:05 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
未解明の体験談/番外編1「広島」
2007 / 09 / 16 ( Sun )
夏のとある日。家の庭をふと見ると、二人の人影のようなものがぼんやりと佇んでこっちを見ている。2人の関係は親子の様な感じ。
その実体の無い存在感は「影」としか表現できなかった。
次の瞬間、その影は忽然と姿を消した。
突然サイレンが鳴る。気になって背後の時計を見た。
8時15分。その日は8月6日。そこは広島県。

(マイミクからの投稿)
06:52:26 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
未解明の体験談/第十五話「夜道のびっくりものたち」
2007 / 09 / 14 ( Fri )
第十五話「夜道のびっくりものたち」

時々仕事の都合で家に帰るのが遅くなることがある。
その家路に着くまでに体験した出来事を今回のお話としよう。
その現象は季節などの関係もなく起こった。
ただ一つの共通点は夜であったこと。

それは仕事の帰りに起きた。
辺りはもうすでに暗くなり、街灯に照らされて明るくなっている場所と照らされずに影になっている場所が明確に分かれていた。そんな都会の夜道を自転車のライトを点けて、家路に着く途中のことだった。
前触れは空気の震えを感じたときからだった。空気が振動して起きるヴヴヴというような音が聞こえ始めてからだった。聞きようによっては、何かが唸っているようにも取れる音。唇を震わせて出るような速くて定期的な振動音ではなかった。どちらかというと、不定期でゆっくりとしたヴ、ヴ、ヴ、というような音だった。
そして、その音は、私が自転車をこいで進めば進むほど、大きくはっきりと聞こえてくるのだった。それでも私は気のせいだと思って、音がはっきりと聞こえる方に進んでいった。まあ、家路に近づけば近づくほどに音は大きくなっていったのだから、仕方ないことと言えば仕方ないことだった。

そして、あるとき、その音はピークに達した。どこがピークなのかはわからないが、少なくともそう思える音が聞こえたのだ。それは完全に人のうめき声だった。
これはちょっとまずいかなという思いが心をよぎった瞬間、目の前に人影が飛び出してきた。急いでハンドルを切ってブレーキをかけたが、不意の出来事だったため間に合わず、そのまま人影にぶつかってしまった。
しかし、その時に起きるはずの衝撃は一切なかった。てっきり目の錯覚だったのかと、後ろを振り返ると、そこには、いた。人影、いわゆる人のシルエットをしたもの。
せいぜい、目と鼻と耳と口がどこについているのかがわかる程度の何かが倒れ、そして起き上がってきた。その影のようなものが口のような所から先ほどから聞こえていたうめき声を出しながらゆらゆらとこちらに近づいてくるのが見えた。

ゾンビなんでしょうかねえって思いながら、急いで自転車をこいで、その場を離れた。後ろからはうめき声が聞こえていたが、徐々に小さくなっていった。後ろからの声は完全に消えてしまったが、安心はしていなかった。何故なら、前からも、その声は聞こえてきたからだ。
前方をしっかりと見据えて集中してぼやけたものが見えたら回避ということを繰り返して、端から見ればふらふら蛇行運転を続けて、ようやく家路に着いた。

自転車を下りて、家の玄関に向かい、玄関を見てから足を止めた。玄関で待っていたのだ。玄関に座り込み、うつむいたままの格好で、その人影はうめいていた。
私が見ていることに気がついたのか、顔を上げて見上げてきた。
私には躊躇している時間はないと、判断した。何故なら後ろからもまだまだ来ているからだ。すぐにその玄関の影を踏みつぶして、家に入った。
影は踏みつぶされたことに気がつかなかったのか、さっきと同じ姿勢で座り込んでいた。ただ違っていたのが、首を180度後ろに向けて、私のことを見ていた。

私は扉を閉めて、しっかりと鍵をかけた。そのまま、階段を駆け上がり、3階の窓から、そっと下を覗いた。
すると、そこには、やっぱりいたのだった。たくさんの影が家を囲むように密集していた。その無数の影達はしばらくの間、家の周りでうめき声をあげていた。
当然のことではあるが、朝になると、その影達は消えていた。その影が何者であったのかは、直接本人達と話していたわけではないので、知る由もなかった。
少なくとも、その晩からは、家に帰るのが遅くなるたびに毎夜見るようになった。

ここで、私の話はおしまいである。だから、ここからはワンポイントアドバイス。
もしも、闇の中に何かを見つけても、恐れてはいけない。多くの何者かはあなたの恐怖を感じ取り、より大きな存在になって見えてくる。だから、気を強く持つことが大切だ。無視する勇気も必要になってくる。
それと武器のイメージも有効だ。私の場合は、私自身を抜き身の刀に置き換えてイメージする。一本の刀となり、相手が近づいてきたら斬る。別に刀でも銃でも包丁でも何でも良い。要は自分が強いと思うイメージである。それが、そういう連中に負けないコツだ。

まあ、今回のお話が私の体験した中で、最も新しい体験である。これ以降でまた何か楽しい体験をしたら、その時にお話しよう。
しばらくは、この15話を以て完結とする。
とりあえず、待っている人はいないだろうが、決まり文句で、
しばらく来ない次回をお楽しみに・・・・

眠り猫 wrote.
17:42:30 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
未解明の体験談/第十四話「人がものをなくすとき」
2007 / 09 / 14 ( Fri )
第十四話「人がものをなくすとき」

あなたは、ものをなくしたことはないだろうか。
一体何を言っているのかと、思うだろう。ものをなくしたことのない人なんているわけないだろうって。 まあ、そういう反応を示すのが普通だろう。
ものがなくなるとき、原因は必ずどこかにあるはずだ。本人がしまった場所を忘れてしまったためになくなること、他の者が隠すなりしてなくなること、本人が意識して使い込んでなくなること、それと、もう一つ、何の前触れもなく、忽然となくなること。そういった原因があるはずだ。そして、今回は、この忽然と消えることについてお話しよう。それ以外は、特に怪奇現象でもないので、この場で語る必要もないと思われる。

ものが忽然と姿を消すとき、それはいついかなるときでも起きる可能性を秘めている。
人が集中して何かに没頭しているとき、激しく動き回り活動しているとき、ぼーっとしているとき、どんなときであっても、それは起こる。しかも、それが原因でなくなったものは、必ずといっていいほどそのうち発見される。そして、発見される場所は、これも必ずと言っていいほど、不可解な場所から発見される。
例としては、毎日使う目覚まし時計がトイレの奥から発見されることもあった。台所の包丁が風呂桶から発見されることもあった。本を読み終わり、その本を机の上に置いておくと、いつのまにか部屋の隅に移動していることもあった。これらの現象は一体何が起こしているのか、今もって謎のままである。

まあ、敢えて仮説を立てるなら、空間に歪みが出来て、それに飲み込まれて別の場所に吐き出されたということも考えられる。
もしくは、某漫画のネタでは、そういうことは妖精の仕業だそうだ。その妖精は醜悪な顔で、人間に気付かれると襲いかかってくるというものだった。だから、そういうものを見てはいけないらしい。でも、妖精のやったことであったら妖精の姿を見ていても良いはずだ。なのに、未だに妖精など見たこともない。幽霊の類なら腐るほど見ているにも関わらずだ。よって、私的には妖精説はあり得ないと判断している。
それで、私は空間に突如出来た歪みであると思う。

そう私が思うのには訳がある。それは、それに近いものを見たことがあるからだ。
合わせ鏡という言葉を知っているだろうか。私は、それを一時期、毎日実行していた。
ただ合わせ鏡の間に私が収まっているのは気分が悪かったので、代わりに30センチの定規を置いて実験していた。そして、実行開始から数日経ったある朝のことだった。いつものように変わらず、鏡の間に定規はあった。今日も何も起きないかと思って見ていたときのことだった。一瞬、定規が陽炎のようにぼやけて見えたかと思うと、次の瞬間にはなくなっていた。
思わず目を疑い、幻かと思い、鏡の間に手を持って行って探ってみても定規はなかった。別に大切にしている定規というわけではなかったがこのまま放置しておく気にもなれなかったので、必死に探し回った。
すると、これも突然の現象ではあったが、私の後ろで何かが落下して床にカタカタと落ちる音がした。後ろを見ると、そこにあったのは、バラバラに切り刻まれた定規だった。切り口が非常に滑らかだった。人為的な力でこのように切ることが可能なのだろうか。仮に出来るとしても、わざわざ定規を切るのに、ここまでのことをするだろうか。
色んなことを考えてはみたが結論は出なかった。

もちろん、その後は合わせ鏡の実験を益々積極的に行ったが、何も起きることはなかった。他の定規を自分の力で壊してみたり、カッターで切ってみたりしたが、同じように切断することは出来なかった。
だから、あれは怪奇きわまる現象だったのだということで納得することにした。

合わせ鏡もやることがなくなった頃、あれは暑くもなく、寒くもない夜のことだった。夜中、何となく目が覚めてしまって、目をうっすらと開けると、目の前に床に置いておいた雑誌があった。
そのとき、雑誌の端の方がゆらゆらとして見えた。何となくぼやけて見えた。もちろん寝ぼけ眼だったのだろうと、言われれば否定のしようはない。しかし、次に見たものは、そんな言い訳など通じるはずもないものだった。そのゆらゆらして見える部分から、少しずつ消失していったのだ。まるで何かに少しずつ食べられていくかのように、無くなっていくのだ。
その雑誌は数十秒で完全に消えてしまった。文字通り消滅してしまったのだ。
そこまで見ていたら、完全に目が冴えてしまっていた。これは一体どういうことなのか。それから眠りに就くことも出来ずに朝を迎えた。

朝になると、その雑誌がなくなっていることに家族は気付くことになった。そして、私がその雑誌を勝手に処分したっていうことにされて、買いに行かされた。消えてしまったと言っても、誰も信じてくれなかった。逆に私が、そんなことを誰かに言われても、完全に信じることは出来なかっただろう。だから、これは仕方ないことだなあって思って諦めた。

まあ、ものがなくなるというのは、そういうことも起因しているのではないだろうかっていう、それだけの話。

眠り猫 wrote.
17:32:54 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
未解明の体験談/第十三話「樹海の中にて」
2007 / 09 / 14 ( Fri )
第十三話「樹海の中にて」

小学校の頃、遠足か何かで樹海の中を抜けて華厳の滝に向かうというものがあった。まあ、樹海の中とは言っても、きちんと舗装されている遊歩道ではあったが。
その樹海の中を歩いている最中、樹海の中で動く何かがいることに気が付いていた。別にそのときは、周りを歩いている友人や先生にも見えているのだろうと思って気にしていなかった。特に気にしていなかった理由は、樹海の中で動いていたのが人であったからだ。きっと私たちと同じように樹海の中を歩いていて、案内の人がいるから森の方にも入っていっているのだろうなと思っていた。

ふと、そっちの土の所も歩きたいと思って舗装から外れた所を歩こうとして、先生に呼び止められた。ここの舗装された道以外歩いてはいけないって書いてあること、入ったら最後出ることは出来ないと立て札にも警告されていることを言われた。
しかし、現に今も樹海の中を楽しそうに大人と子供たちが楽しそうに走り回っているのが見える。どうにも不公平な気がして、立て札無視して森の中で遊んでいる人たちが、そこにいるのはいいんですかって言ってその走り回っている場所を私は指さした。すると、先生はためいきをついてそこに何がいるんですか。何にもいないじゃないですか。変なことを言って
からかってはいけませんよと言われた。
私には、逆にからかわれているような気もした。何故なら、そこに確かに人がいるのに、いないって言うからだ。

次に私が取った行動は、先生にはこれ以上話しても無駄だと思って、近くにいた友人に片っ端から聞いて回った。そこに人がいっぱいいるよねって。
だけど、全ての友人の答えは、一つだった。そんなもの、どこにも見えないよ。私には見えていて、他の人には見えてない人たち。その人たちは、先ほどよりも私の方に近づいているようにはっきりと見え始めた。
私は、ようやく、これが普段見ている問題のある住人系であることがわかり、すぐに樹海から目を背け一心不乱になって、目的地を目指して必死に歩いた。何故なら、目を背ける頃には私のすぐ近く、横やら後ろにはりついていたからだ。

その後は何事もなく、無事に華厳の滝まで辿り着いた。華厳の滝に着くと、その不思議な人たちは消えていた。きっと樹海から出ることが出来ないのだろう。
自殺者が多いことで有名な華厳の滝での集合写真では、特に何も写ることもなかった。

そのまま家路に着き、それから不幸が起きたこともない。
ただ今になって思い返すと、あの時の人たちは大人と子供に見えたけれど、単に背の高いか低いかっていうだけで、それがたくさんたくさん歩いていただけではなかったのだろうか。
そんな気がする、それだけの話。

眠り猫 wrote.
17:24:24 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
未解明の体験談/第十二話「部活動の帰りにて」
2007 / 09 / 14 ( Fri )
第十二話「部活動の帰りにて」

あなたは部活動・クラブ活動などで、夕方や夜遅くまで校舎に残っていたことはないだろうか。そんなときに背筋が寒くなる経験をしたことはないだろうか。今回は、そういった状況でたまたま起きた、本人にとっては怖くて、周りからは笑われた話をしよう。

あれは、私が中学校の部活動で部の仲間と共に文化祭に向けて作品を作っていた時のことだ。みんなで他愛のない話をしながら、のんびりと作品を作っているとき、途中でトイレに行きたくなった。しかし、場の雰囲気が壊れることと笑われるのも、癪だったため、我慢していた。
時間はじりじりと過ぎていき、部活の時間も終わりを告げた。みんなは荷物をまとめて帰る支度を始めた。私は必死になって荷物をまとめて、「先に校門の方で待ってるね~」などと言って部室を出た。もちろん、目指す先は、校門ではなく、トイレだった。

トイレに着くと既に生徒もほとんど帰ってしまっていたので、無人だった。電気はきちんと点いていて、その日に誰も使っていないのではないかってぐらいに綺麗だった。
きれいではあったが、寒々としていた。急いで用を済ませた。すると、私のいる所に遠くの方から人の話し声が聞こえてきた。みんなの話し声が聞こえてきたので、先に出た私が後から追いついてきたら変に思うだろうということで、急いで、トイレを出た。
すると、トイレから出ると、先ほどまで聞こえていた音はピタっと止んで辺りは静寂に包まれた。それは、みんなが階段を下りてしまったからだと思い、早足で歩いて先回りしようと歩き始めた。誰もいない廊下は上履きの音をよく響かせて、パタパタパタパタという音をさせた。

しかし、そこで私は奇妙な違和感を覚えてしまったのだ。そんなもの感じなければなんてこともなかっただろうに、気付いてしまったことが腹立たしかった。
その違和感とは、勘の良い人ならぴんと来るはずだ。私以外の足音が聞こえたのだ。後ろから私の足音に合わせて、他の足音が聞こえてきたのだ。試しに気のせいかと思い、一歩足を踏み出し、パタという音に続いてパタと聞こえるのだ。
何かが私の後ろにいると思った。背中はぞくぞくと寒くなり、実際に気温も低かったかもしれない。とにかく、あんまり良くないなあって思いながらも、好奇心から後ろをそうっと振り返った。すると、そこにあったのは、誰もいない廊下だった。

唯一違和感を覚えたのは、遠くの方に誰かの上履きが一揃い並んでいたことだ。遠くの方であったため、上履きであったかは定かではないが靴のようなものだったのは間違いない。何となく、あれが私を追いかけてきているのだろうなあというのはわかった。これはいけないなってことで、迷わず玄関に続く階段の方に必死になって走った。
すると、さっきにも増して、音は激しく響き渡る。私が歩調を緩めても、後ろの音は激しさを減らなかった。

ここまで走ってから、後ろを振り返るほど私の肝は大きくなかった。
仕方なく、私の取った行動は音のかき消しであった。いわゆるタップダンスのようなものだ。要は私の足音以外が聞こえてくるのが嫌であるのだから、常に私の足音で占有してしまえばいいはずだということにして、足を軽快なリズムで叩いて、私以外の音を打ち消して歩いていった。
今になって考えると、よくその程度のことでどうにかしようと思ったものだと呆れている。とにかく、そのときはそれで解決して、その後は何事もなく無事に校門まで辿り着いた。
唯一困ったことは、既に校門で私のことを待っていた友人に、そのタップダンスのような奇妙な歩き方を見られてしまったことだ。何不思議な歩き方しているの、とか言われたような気もしたが、それは適当に誤魔化した。

その後も部活の帰りが遅くなると、何度か同じような音を聞くこともあったが、後ろを見ないようにして、足音を立てないように歩くなどの措置をして対処していた。今でも、あの学校にはそれが出るのかは、わからない。
そして何より、足音の正体も今もって謎のままである。

眠り猫 wrote.
17:15:39 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
未解明の体験談/第十一話「ひびの話」
2007 / 09 / 14 ( Fri )
第十一話「ひびの話」

みなさんは、ひびというものを見かけたことがあるだろうか。古いビルなどに時々見られる、あのひびである。それが元でビルが崩壊することもあるだろうが、別にそういうことが怪奇であるわけではない。まあ、ひびがあろうがなかろうが、特に怖いものでもないだろう。実際、ひびなどは発見してから、その場から離れるなり、避難すれば済む話なのだ。だから、怖い物でも何でもない。
これだけでは、一体、何の話をしているのか、さっぱりわからないだろうから、これから話すことを見てから、もう一度わからないことは検討してもらいたい。

そう、これは私が導き出した一つの概念である。幽霊やらUFOなどの超常現象、それらをまとめた概念の一つである。
ひびというものは、通常出来ていれば、その場所を覗くことで、ある程度中身が見えてしまうものだ。場合によっては、少しだけしか見えないものもあるだろう。例えば、ガラスにひびが入っていたとする。そうすると、そのひび割れた部分を通して景色を見ると、普段と違う風景に見えてくるはずだ。そこにひびが存在していなければ、わからなかった風景が広がる。
だから、それが何なのだと思うかもしれないが、これがガラスではなく、世界にひびが入っていたらどうなのだろう。

ひびでも、亀裂でも言葉は何でも良い。要は私たちが普通に生活している空間の一部に亀裂が入って、その亀裂が見えてしまったら、どうだろうか。
亀裂、それ自体には何の悪意もない。何の問題も抱えてはいない。いずれ時が流れれば、自然に修復されるものだ。空間の亀裂というものは。
この世界は常にこの世界のままであるように創られている。常識だとか、法則だとか、そういうものだ。仮に他の世界が存在しているとしても、その他の世界も独自の常識、法則に基づいて存在しているはずだ。それらは本来交わるわけもない。交わっていたら、破滅してしまっているかもしれない。
それが何らかのきっかけでひびが出来て、つながらないと、断定できるだろうか。もしも、何もない空間から突如として、何かの腕とかが出現したらどう思うだろうか。
そんなものが見えたら多くの人は幽霊とか言うはずだ。
しかし、だ。空間にひびが見える人がいて、何となく、腕をその中に入れてみたら、そう見えることだってあるだろう。
ひびの向こう側では。まだ、顔が空間から出てくる所は見たことはないが、相手も顔を出す勇気はないのかもしれない。実際、私はひびを見かけても覗くことはあっても、顔を入れてみることはないのだから。

では、具体的に、どういう風にひびは見えるものなのか。
それは、その時々で違ってくるので、まとめて言うことは出来ないが、多くの場合、ぼやけて見えることが多い。何だか、その部分に蜃気楼がかかったように歪んで見えるのだ。その歪んだ景色が何だかよく見えないのだ。
もちろん、それはどこにでも現れる。トイレでも自分の部屋でも、外でも、車を運転している最中でも。近くで何とも言えない違和感を感じた時にも出来ていることもある。その場合は、前後左右、上下に至る全ての部分をくまなく見ることで発見出来る場合もある。
見えるか見えないかは、UFOや幽霊と同様に個人差がある。これが見えなかったからといって問題があるわけではない。問題があったら、今頃問題だらけである。ただ、見えると普段よりも得した感じになることはある。
このひびが見えることがあるのは、その部分に欠陥がある場合に生じているものだ。つまり、この空間のひびが見えることで、何らかの危険を回避出来る場合もあるのだ。幸運のひびを見たことがなく、不幸のひびしか見えてこなかった為に、そういう風に思うようになった。
ひびの見えた床の上を歩くとどんなに慎重に歩いても、何故だかバランスを崩してしまうのだ。

これが自分だけに見えて、自分だけが不都合が生じているのなら、一種の自己催眠の結果、発生していることだとも言えるだろう。だが、ここで違うのは、ひびの被害に遭遇するのは、私ではなく、他の人であることが多いのだ。
ひびの見えた床を見えた上で、そこを踏んでいくのは愚か者だ。だから、私は見えた場合は、何が何でも避けていく。でも、多くの人は、そんなひびなど見えていないようで平然とその上を踏んでいくので、転んだり、バランスを崩したりするのを見た。階段で見かけるときは、転ぶ所を見たことはないが、ひざから力が抜けたようにがくっとなることなら見かけた。
空中に浮かんでいるひびでは、何かが飛んでくることが多い。蜂とか、石とか、ボールなどだ。そのひびの近くにいると、被害を受けてしまう。
つまり、ひびっていうのは、その世界の欠陥部分を表している。その部分が壊れているから、近づくなという警告でもあるのだ。

この話だけでは、幽霊やUFOと何の関係もないように思うが、そのひびの部分では、良くないことが起きやすい。法則性がないことが起きやすいということなのだ。一種の境界線になっているとも取れる。そのひびのサイズが、とてつもなく大きかったら、どうなるだろう。人と同じぐらい、建造物と同じぐらい。そんな場所に私が遭遇すれば、何かが見えることだろう。空中に巨大なひびがあったら、UFOも見えるかもしれない。
見えないだけでひびは、身近に存在している。それらがすっぽりと誰かを覆い尽くしたら、その人は見えなくなってしまう。そして、そのまま消えてしまうのか。
そのひびから垣間見えるものたちを人々はUFOやら幽霊と呼んでいるのだと私は思う。

ここまで私も話したが、正直、どういうことなのか、私にもわかっていない。
ただ一つだけ言えるのは、ひびが見えたら近づくな。離れてしまうことだ。不吉な違和感も、同じように言える。そう、それだけのことだ。

眠り猫 wrote.
17:12:39 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
未解明の体験談/第十話「小さな隙間に潜むもの」
2007 / 09 / 14 ( Fri )
第十話「小さな隙間に潜むもの」

以前に、おとないさんという話をしたと思うが、今回はそれと似ていて、より迷惑なタイプのものについて話そう。
まず、初めに知っておいてもらいたいのが、人も植物も動物も地球も、全ての物が元素と元素の集合体で成り立っていること。どんなものであれ、結合して出来ている。そのため、結合というものには、必ず隙間というものが、どうしても存在してしまうものだ。
今回のお話は、そういったものの話というわけだ。

おとないさんの中には、そういった小さな隙間にも入ることが出来るタイプも存在している。そういった物は、それこそ、元素結合の間にも侵入出来ると思われるので、まぶたの裏にも容易に侵入してくる。つまり、このタイプに遭遇すると、目をつぶろうが見えるため、眠りに就くことも困難になってくる。目をつぶると、本来見えるはずのない物が見えてしまい、なかなか眠りに集中出来なくなる。
それらがどういう形状で現れるかというと、主に全身像では出現しない。目であるとか、頭であるとか、顔であるということが多い。もし、これらに遭遇した場合に有効な手段というものは、気にしないことぐらいだ。別のことを考えているのも良いだろう。もしくは、目を手で押さえつけるなどをして、安心感を持つとか、目を閉じたり開いたりを繰り返して、現実の映像をまぶたの裏にまで焼き付けて、見えなくしてしまうのも良い。
まあ、見えているというのは、それがそこに存在しているかしていないかは抜きにして考えると、そういった画像が脳から目に送られているだけのことなので、その送られてきている情報よりも強い情報を送れれば、他の画像に切り替えることも理論的には、可能なはずだ。だから、そうした方法も対処法の一つだ。

これらの厄介な点は、まぶたの裏に侵入してくることだ。それの意味する所は、仮にそれらが存在しているのなら、少なくともまぶたの裏にだけ存在していると考えるのは、非常に浅はかなことだろう。それこそ、自分の全身にはびこっていることだって考えられる。見えるか見えないかの違いがあるだけのことであって。そのおとないさんのせいであるとばかりは言えないが、時折体にも自覚症状が現れる場合もある。体が圧迫された感じになり、腕や足が思うように動かなくなる。首の場合は、絞められているような苦しさを感じる。胸や腹の場合はズシっと何かが重いものにのしかかられているような感じになる。
そうした場合には、自身の体をイメージしてみることだ。それで、自身の体には異物などあるわけもない。入ってこられない。自身の体は正常だ、ということを視覚的にイメージすることだ。そう出来れば、思いの外、体が楽になる。金縛りにも有効かもしれない。

まあ、今回の話は、体験談というか、講義じみてしまったが、あまりにも多くの同じような事象に遭遇していると、一つ一つの印象が薄れてしまい、印象的な表現を思いつくような体験にならないだけの話だ。
せいぜい、今回の出てきたものは顔がいまいちとか、驚かせるなら、もうちょっと芸を工夫して欲しいとか、そういう感想しか持てないものばかりなので、今回の話はこれで終了である。

眠り猫 wrote.
17:10:24 | 未解明の体験談 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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