納涼マーメイド
2007 / 07 / 31 ( Tue )
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マイミクさんのバースデー用に描いた人魚絵なのですが、自分でも気に入ってしまったので文字を抜いてここに掲載します。 人魚さんと一緒に涼んでみてください☆☆☆
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1994年ゲームクリエイター達の言葉(3)/すぎやまこういち、植松伸夫、内藤寛、靄沢秀二
2007 / 07 / 27 ( Fri )
◆バックナンバー
「1994年ゲームクリエイター達の言葉(1)/堀井雄二、坂口博信、宮本茂」
「1994年ゲームクリエイター達の言葉(2)/岩田聡、糸井重里、宮岡寛(みや王)」

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1994年発行の「ゲームデザイナー入門」という本で、当時活躍していたゲームクリエイター達のインタビューが多数収録されていました。ハードやプログラムは変わっても、「ゲーム作り」という根底の部分では変わらないものがあるお話、当時ならではのお話がここにはあります。

シリーズ最終回である今回は、作曲家・グラフィッカー・プログラマーといった専門家の方々のインタビューをご紹介。ドラクエシリーズのすぎやまこういちさん、FFシリーズの植松伸夫さん、ドラクエやランドストーカー、ランナバウト等を手がけた名プログラマー内藤寛さん、ドット絵時代のグラフィッカー靄沢秀二さんです。



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■すぎやまこういちさん

 ゲーム音楽というのは、映画音楽よりも、バレエの音楽に似ていると思います。映画では、ストーリーを楽しむ面が強いですよね。だから、音楽はセリフのBGMになってしまいます。ところが、バレエでは「白鳥の湖」にしても、「くるみ割り人形」にしても、みんなが知っているシンプルなストーリーをビジュアルと音楽とで表現していくわけですね。
 ストーリーのシンプルさからいえば、ゲームもバレエといい勝負ですよね。結局はいいやつが悪いやつをやっつけて、終わるわけですから(笑)。
 だから、ぼくはゲームとバレエにはかなり共通点があると思いますよ。どちらも表現芸術で、その途中の過程を楽しむものなんです。

・ゲーム音楽は百回も千回も聞く。だから、あきないものを作る。

 ゲーム音楽を作る時は、最初に大ざっぱな内容を聞いて、その世界にぴったりあった音楽を中心にして、全体のコンセプトを決めます。それから下絵や部分的な絵を見せていただいたりしながら、曲を発想していきます。
 ゲームの音楽はユーザーが繰り返し、百回も千回も聴きますね。だから、あきない音楽を作らなければいけません。メロディ、ハーモニー、音色進行、そのすべてに気をつけて、音楽としてはオーソドックスに追求していきます。奇をてらったものでは、何度も聴いているうちに、いやになってしまいますからね。ぼくはメロディを大事にします。いいメロディというのはやっぱり長持ちするんですよ。

 町の音楽を作るとすれば、町の絵を思い浮かべて色んな旋律を考えるんですけど、なかなかうまくいかないんですね。そのうちパッと旋律を思いついたら、すぐにメモします。そのうちメモ帳がいっぱいたまるわけ……。うまく決まらないと、二曲も三曲も作ったりします。「ドラクエV(ファイブ)」の時なんか、戦闘の音楽は五曲作ったかな……。

・あたりまえのことだけどしっかりと音楽の勉強を

 ぼくはお酒も飲まないし、ゴルフ、カラオケ、麻雀……、普通の大人がそういうものに費やす時間を、ゲームに費やしています。
 よく、「機械相手に遊んで何が楽しいの?」という人がいますけど、機械は人間の道具であって、それを作ったクリエイターの代理をしているわけでしょ。「ドラクエ」は堀井雄二、中村光一、それにプロデューサーやぼくが作っているわけです。そういった人々の人格の一部なんですよ。
 だから、ぼくはゲームをやっている時に、そのプログラムを作った人とのかけひきを楽しんでいます。自分がプロデューサーだとして、どんな人を音楽に選ぶかというと、作曲家として才能がある人。まず、それが大事です。それと同じくらい大事なのは、ゲームの面白さがわかる人。ゲームを肌で感じられる人。そのふたつです。

 ゲーム音楽をやりたければ、まず、しっかりと音楽を勉強すること。「ドラクエ」のすごさは、プログラム技術がしっかりと支えていますよね。ゲーム音楽も同じです。音楽の力がなければ、いくらゲームがわかっていてもダメなんです。へたな音楽とうまい音楽の見分け方は難しいのですが、何百万というユーザーがゲームをプレイして、音楽を聴いて、心地よいと思ったか、旋律を覚えたか……、これが一番的確な判断だと思います。



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■植松伸夫さん

 もともとぼくは、CMの音楽やポルノ映画の音楽やら、仕事がきたらやるといった感じだったんです。で、当時、家の近くにスクウェアがありまして、そこで企画をやっている知り合いがいたんです。そいつに「今度スクウェアで出すゲームにソノシートをつけるんだけど、その録音をやらないか」と声をかけられまして、その頃からスクウェアに出入りするようになったんです。
 しばらくして、坂口に「こない?」って言われて、「いいよ!」って、そうやってスクウェアに入りました。

・ゲーム音楽のループの長さを決めるのが難しい

 ゲーム音楽と一般の音楽では、違いはたくさんありますね。例えば、音数の制限があります。今はスーパーファミコンで8音ありますけど、ファミコンでは3音しか使えません。その8音の中でハープの小曲からオーケストラみたいなものまでやらなくてはいけないんですよ。それが一番のネックですね。
 それにゲームってプレイヤーによって、かかる時間が違いますよね。町の中にどれくらいいるかとか、戦闘にどれくらい時間がかかるとか……。だから、映画音楽みたいにイントロからエンディングまで完成させるわけにはいかないんです。結局、ループ(同じ曲をグルグル繰り返すこと)にしなければならないんですよ。
 ループ自体は難しくないんです。でも、ループの長さを決めるのが難しいんです。8小節では短くて、自分の言いたいことが言えない。で、もう8小節のばす。それでこれくらい言えたんだから、もうちょっとのばしたくなる。結局24小節になると長すぎて、プレイヤーが聞き終わる前に町を出てしまう(笑)。
 色んな制限はありますけど、そんな制限がある中でやる面白さはありますね。

・「音楽の世界」とつながれば次々と名曲が生まれる!?

 音楽って、できない時には絶対できないんですけど、できる時には不思議なくらいできるんです。
 仕事モードに入ると、次から次に曲ができちゃう。書くのが間に合わないくらい…。3週間くらいで20曲以上もかけるくらいですよ。
 どこかに「音楽の世界」があって、そこと自分の間にパイプがつながっているみたいなんですよ。こういった時期の曲は後で聴いても、お気に入りのものになりますね。
 そういう時期が続けばぼくも天才なんですけど、それが突然パタッと止まる時期があるんです。そうなると、もうどうしようもない。待つしかないですね(笑)。

・リズムは肉体まで、でもメロディは心まで届く

 リズムとメロディがあって、リズムを作るのはぼくもけっこう好きなんです。でも、ゲーム音楽を作る時はメロディを重視しますね。
 心と肉体がありますよね。リズムでは肉体までしか届かないんですよ。心までいかないんです。だけど、メロディは心まで届きます。

 何にでも興味をなくさいないことが大切ですよね。ぼくも小学校の頃は体操の選手でオリンピックに出たかったり、剣道をやったり……。回り道をしてます。でも、やったことって無駄にはなりません。人間はなりたいものになれます。あきらめなければ、大丈夫ですよ。



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■内藤寛さん

・15歳で、プロのプログラマーとしてゲーム作り開始

 プロになったのは10年前、15歳の時でした。
 小学生の頃は、ゲームセンターでゲームをプレイする百円がとても高くて、パソコンを買えば家でただでゲームが遊べるらしいと知って……。それで、親にPC6001を買ってもらったんです。
 雑誌にあるゲームのプログラムを打ち込んでいるうちに、そのうち自分でも改造したくなって、独学でプログラムを勉強したんですよ。
 高校の電子科に入って、友達がゲームソフトのメーカーでアルバイトをしていると聞いて、こう思ったんです。「あいつにできるなら俺にもできるはずだ!好きなゲームを作れるし、パソコンもいじれてお金になる!」それで、そのままソフトハウスに入った。それが始まりでしたね。
 その当時はパソコンのゲームを何でもひとりで作っていましたよ。絵は描かなきゃならない。音楽はつけなきゃならないってね。

 ぼくの場合、自分ではゲームデザイナーになりたいとか全然思わなくて、高校を卒業してもゲームとは関係のない専門学校に入ったんです。気がついてみたら、プログラマーになっていたというわけですね。
 元々もの作りが好きだったというのはあります。中学の頃は映画が好きでしたし、ゲーム作りってある意味で映画作りににてますよね。映画を作るのは大変ですけど、ゲームならひとりでも作れる。そういうクリエイティブな部分はありましたね。
 ファミコンをやりたいと思ったのは、売れる本数がパソコンとは違うためです。当時のパソコンのゲームは売れても1万本でしたけど、ファミコンだったら、何を出しても30万本は売れました。自分で作ったゲームが、お店に並ぶ時の快感というのもありますからね。

・仕様書は、みんなで合宿して作ります

 うちの会社は幸いにして、性格のいい人間が多いんですけど(笑)、忙しくなる前には結束を固めるため、みんなで旅行に行ったり、ストレス解消とかはなるべくするようにしています。
 仕様書を書くために合宿とかもしますよ。ただ、うちでは基本的には仕様書がないんです。ホワイトボードに書いた絵や文字がそのままコピーできるやつがあるでしょ。あれから出た紙が仕様書なんです(笑)。後で読もうと思っても、読めないことだってよくありますよ(笑)。まあ、技術的な理由や処理速度とか、メモリーの関係もあって、最初からあんまりガチガチに仕様を固めない方がいいってところもありますけど。
 なんにしても、合宿は楽しいですね。よみうりランドとか行って、早朝ジェットコースターに乗ってみんな気分が悪くなったりとかね(笑)。

・デザイナーには、プログラマーを説得する実力がいる

 作品を1年に1本作るってことになると、1年中全部が忙しいわけではなくて、ラストの2ヶ月とか1ヶ月が殺人的に忙しいわけです。夏休みの宿題と一緒ですよ(笑)。
 ついに会社に泊まりこみという事態になりますね。やらなきゃいけない仕事が山ほどある。あれもしなきゃ……、これもしなきゃ……。どうしよう!? 本当にできるんだろうか。
 そういう事態を楽しまないとやっていけない。ぼくが一番楽しいのは、ラスト2ヶ月ですよね。

 プログラマーというのはプライドが高い人が多いんですよ。一途な技術者ですし、中枢の部分を握ってますからね。デザイナーがあれをやってよとか行っても、やだ!時間がないとか、メモリーが足りないとか色々言うことが多いんです。
 でも、ゲームデザイナーを志すのであれば、この人の言うことはもっともなことだからと、きついことでもプログラマーに思わせるだけの実力を持ってなければいけませんね。ただゲームが好きなだけでメタクソに言っても、プログラマーは怒るだけなんですよ。

 ゲームを企画するために必要なアイディアは色んなところにゴロゴロ転がってます。ゲームだけでなく、テレビ、映画……。他のソフトをやって、自分ならこうするとか、ここを改良するとか考えることは、いい刺激になるし、場合によっては中身を解析することも大切でしょう。

・ゲームが面白くなるかどうかはプログラマー次第

 プログラマーになりたかったら、今はC言語を勉強しておけばいいと思います。アセンブラは近いうちになくなるかもしれません。Cであれば、どんなパソコンにも対応できます。
 それに言語が違っても、プログラムのアルゴリズムは同じなんです。BASICができる人はアセンブラも、アセンブラのできる人はCも、容易に理解できるはずです。どういう仕組みで動いているのかは、言語ではなくてアルゴリズムなんですよ。
 はじめはハングリーにやりたければ、アセンブラもいいでしょう。あまりに高級な言語からはじめると、低級なものができなくなりますからね。
 ゲームソフトの場合、企画を考えた人間ができない部分をプログラマーが補ってあげなければいけないんです。それに、プログラマーでしか考えつかないアイディアもあるはずです。
 仕様書に書かれた通り、そのままプログラムをするだけでは、いいものはできませんね。デザイナーに対して、プログラマーも考えなければいけませんよ。ゲームが面白くなるかどうかは、プログラマーにかかっていますからね。

 また、プログラマーと作品というのは常に追いかけっこなんです。「ランドストーカー」でも、できてしまえば納得がいかない部分というのは出てきます。作ってる最中からありますね。でも、時間がなくてできない。
 次はここを改良するぞと、いつも思っています。100%の最終形は出てこないと思います。ぼくは新しいことがやりたいんです。自分なりの新しい表現と言えるのをやりたいですね。

※内藤 寛(ないとう かん、1967年3月23日 - )は、東京都武蔵野市出身のプログラマー、ゲームクリエイター。株式会社クライマックス代表取締役。

高校在学時にチュンソフトでアルバイトとして働くようになり、『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』ではチーフプログラマーを務める。その後同じくドラゴンクエストシリーズの開発スタッフだった高橋宏之と共にクライマックスを設立、『シャイニング&ザ・ダクネス』等を手がけるも、内藤と高橋との間で軋轢が発生し、高橋はクライマックスを去り、内藤はクライマックスの代表となった。

代表となって以後も『ランドストーカー』『レディストーカー』『ランナバウト』などを手がけ、その斬新なアイディアやプログラミング技術から一時期「天才プログラマー」と呼ばれるようになる。(Wikipediaより引用)



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■靄沢(あいざわ)秀二さん

 元々はファッションデザイナーになりたかったんです。通っていた専門学校もファッション関係でした。
 それまで、ゲームなんて家にあった古い任天堂の「TVゲーム16」くらいしかやったことがなくて……。まあ、ゲームには全然関心がなかったと言ってもいいでしょう。
 で、5年くらい前でしたけど、兄弟がPCエンジンを買ってきたんです。「カトちゃんケンちゃん」とか、「ザ・カンフー」とかをやりましたね。ちょっと感動しましたね。まるでアニメみたいに絵が動いているのがすごいと思ったんですよ。
 で、自分でもゲームを作ってみたくなりました。かたっぱしから、就職情報誌とかアルバイト情報とかを見て、ソフトハウスに入りました。
 とりあえず、入ったところは下請けが中心の会社でしたね。色んなゲームを作っていて、ほんとにただのソフトハウスですね(笑)。

・ゲームの絵はドット絵。曲線を表現するのが難しい

 ぼくの仕事はコンピュータゲームの上で動かす絵を描くことです。場合によっては、キャラクターデザインもやるし、動きの演出とかもやります。
 ゲームの絵はドット絵とも言います。紙の絵とドット絵はかなり違いますよ。まず大きいのは、線が自由にならないところですね。結局は小さな四角を並べていくわけですから、直線はともかく、微妙な曲線が描きにくいんですよ。鉛筆ならすーっと描けるものが、ドットだとできない。それでも、やらなければいけない。結局は慣れの問題ですけど、まあ1年くらいすれば、まずまずのものが描けるようになるでしょうね。

・RPGのマップ作りはパズルのようなもの

 最近では、ぼくは「レナス」というRPGの絵を描いたんですけど、これは涙が出るほど苦労しましたね。
 まず、RPGでは大きなマップを扱います。それで同じような絵のブロック(ジェネレーターとかキャラとか言いますが、縦横8ドットのゲームの絵の最小単位です)をいくつか作って、それを組み合わせて絵を作ります。こうすることによって、容量を節約するんですね。この組み合わせをうまくやらないと、絵が単調になってしまいますから、ほとんどパズルと言ってもいいでしょう。

 ゲーム機が進化すると、これまで3万色だったのが1600万色も使えたりするようになります。画面に打てるドットの密度も上がりますから、それをいちいちドットで描く時代ではなくなるでしょうね。当然、紙やフィルムの絵をそのまま取り込むことも多くなるでしょう。ドット絵の時代は終わりつつああるんですよ。ゲームの絵を描く作業が、アニメを作るのと大して変わらなくなるんです。
 これからは、ゲーム性とユーザーが驚くような演出とがますます大切になるでしょうね。そうなると、今までゲームデザイナーがやっていた部分を、映画やアニメ等のきちんとした演出の専門家がやることになると思います。ゲームの分業も進むでしょうね。

※靄沢秀二(あいざわしゅうじ) 1969年埼玉県生まれ。武蔵野服飾美術専門学校中にソフトハウス入社。その後フリーで活躍。代表作「レナス(SFC)」。
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ぬ〜べ〜復活の兆し!? ー女子高生イタコのいずなさん、Oh SUPER JUMPに登場!!ー
2007 / 07 / 20 ( Fri )
以前少年ジャンプで連載し人気作品だった「地獄先生ぬ〜べ〜」。
その中の女子高生イタコキャラ、いずなさんがOh SUPER JUMP(オースーパージャンプ。スーパージャンプの増刊みたいな雑誌)に帰ってきました!!
「霊媒師いずな」という いずなさん中心の読み切りで、もちろん真倉先生と岡野先生のコンビです。

■表紙に登場!!
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カラーです。巻頭です(作品はモノクロのみ)。そういえば、ぬ〜べ〜中期からCG塗りでしたね。

■新衣装!!
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新衣装お披露目です。確かに制服で夜の街で仕事してたら補導されちゃいますね。
ただほとんどはいつもの制服なのでご安心を。

■パワーアップしたエロス!!
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青年誌というわけで、ぬ〜べ〜より少しエロスがパワーアップしてます。この他の描写は本誌をご覧あれ。

■お約束!!
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お約束のキモコワ描写!!!



いずなさん中心のストーリーなので他のぬ〜べ〜キャラは登場しませんが、懐かしのタッチ(絵柄が変わっていない!!)と王道展開はとてもおススメです!! ぜひ皆さんも本誌でご覧ください。
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1994年ゲームクリエイター達の言葉(2)/岩田聡、糸井重里、宮岡寛(みや王)
2007 / 07 / 20 ( Fri )
◆バックナンバー
「1994年ゲームクリエイター達の言葉(1)/堀井雄二、坂口博信、宮本茂」
「1994年ゲームクリエイター達の言葉(3)/すぎやまこういち、植松伸夫、内藤寛、靄沢秀二

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1994年発行の「ゲームデザイナー入門」という本で、当時活躍していたゲームクリエイター達のインタビューが多数収録されていました。ハードやプログラムは変わっても、「ゲーム作り」という根底の部分では変わらないものがあるお話、当時ならではのお話がここにはあります。

今回はその中から、当時HAL研究所社長・現任天堂社長の岩田聡さん、MOTHERシリーズでゲーム作りに挑戦した糸井重里さん、メタルマックスシリーズ生みの親で「ファミコン神拳の"みや王"」こと宮岡寛さんのインタビューをご紹介します。



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■岩田聡さん

・高校生の時に16万円の電卓を買いました

 はじめてコンピュータに触ったのは、まだ中学生で北海道にいた頃でしたね。札幌の地下で電電公社が電話回線を使ったコンピュータの時間貸しのデモをやっていたんです。毎週日曜日ごとに行って、「ゲーム31」という単純な数字取りゲームを勝つまでやっていましたよ。
 当時はまだマイクロコンピュータという言葉もなければ、パソコンという言葉もありませんでした。
 それから高校生になってアルバイトをして、当時16万円くらいしたヒューレットパッカード社製の電卓を買いました。磁気カードリーダーがついていて、簡単なプログラムが組めるやつでしたね。その頃からコンピュータを勉強するんだって決めていましたから、大学での勉強はあまり役には立っていませんよ。

 で、大学三年の時、仲良くなった人たちが作ったHAL研究所に入ったんです。マンションの一室で、私を入れて5人の小さな会社でした。
 その後任天堂さんがファミコンを出された時に、私も驚いて、すごく面白そうだと思ったんです。それでつてをたどって、ゲームを作らせてもらったんです。
 任天堂さんがお出しになっているゴルフゲームは、全部私が関っていると言ってもいいでしょうね。あとは「星のカービィ」にもだいぶ参加しましたね。

・プログラマーは水道の蛇口。大きい蛇口だとたくさんの水が流れる

 プログラムの開発というのは、たいていの場合予定通りには終わらないものなんですよ。でも、ほとんどの会社は広告とか予算の問題で、満足に作れていない状態でも発売日をずらせないので、そのままあきらめて出してしまいます。本当ならいいものができるまで出しちゃいけないものなんですね。結局は自殺行為になりますからね。
 ただ我々はプロなので、限られた時間の中で、できることとできないことを考えます。考えてもその時間の中でできないのなら、どうやったらオリジナルのアイディアに影響を与えないですむかを考えます。善後策を考えるのが必要なんですよ。

 プログラマーは水道の蛇口なんです。大きい蛇口だとたくさんの水が流れますが、小さな蛇口だと水は少ししか流れませんよね。企画とか、グラフィックとか、シナリオとか、音楽とか……。どれだけいいアイディアがあっても、プログラマーができませんと言うと、もうできなくなってしまうんですよ。蛇口が小さいわけですね。
 企画の人たちにハードの制約を感じさせずにいい仕事をしてもらうのがプログラマーなんです。
 私はプログラマーには、「できない」と言う前に考えなさいと言うんですよ。本当にできないことなんて、そんなにないんです。

・仕様書通りにやればおしまいじゃないのがゲーム

 最近、ゲームデザイナーが偉くてプログラマーが格下だということが言われてますね。それは歪んだ考え方だと思いますよ。お互いがいなくては、何も作れないわけですよね。
 どんなに優れたゲームの企画やアイディアでも、プログラムがしっかりしていないと、お客さんが触って気持ちのいいものにはならないということなんです。そこに誇りを持ってほしいんです。

 うちの会社でプログラマーを採用する場合、好奇心、向上心の有無、自分がやりたいことのために他のことを犠牲にできるか。それに集中力の高さがポイントになりますね。
 C言語とかアセンブラができるかどうかで採用を決めるというのは、間違っていると思いますよ。テレビゲームの世界なんて、10年前はドンキーコングが家のTVでできるとか言ってたわけじゃないですか。今の技術的な知識は、これから10年先には役に立たなくなってしまうんですよ。その一方、明日から戦力になる人がほしいとも思うんですけどね(笑)

 ビジネスソフトの世界では、仕様が変わるということは契約が変わるということで、当然別料金を頂きます、というのが普通なんです。でも、ゲームの世界では任天堂さんなど、仕様を変えることなんて屁とも思ってませんからね。
 たとえ仕様書通りでも、誰かがつまらないって言ったらおしまいなんだ。そんな有無を言わせないパワーがありますよ。
 だから、プログラマーで修正とか変更を嫌がる人は大成しませんね。変更を嫌がるようなら、ゲームの仕事はやめた方がいいですね。

・武器を持て、そしてそれを高める努力を続けろ

 ゲームデザイナーを目指そうと思う人は、何か武器を持っておくことです。まず目の前にいる人にこのゲームは面白いんだと説得させる武器ですよね。絵が得意な人は絵を使って企画を表現できます。
 他にも、人より文章が書ける。人より突拍子もないことを考えつける。人よりプログラムが組める。人が解けないパズルが解ける。何でもいいです。

 ただ、それだけではいけません。私は才能というのは継続して努力できる力のことかなと思うんですよ。「すごい!」と言われる人は、そんな積み重ねを辛いと思わずにやれる人なんです。
 自分の才能を常に高める努力を続けている人が作り手に回れるんだと思いますね。

 「カービィ」をデザインしたのは、うちでも一番若い22才のやつなんです。彼には、どんなに作るのが大変でもいいから、面白いと思うアイディアを出してくれって言ったんですよ。作るのが大変なのはこっちでなんとかするからってね。
 でも、それなりに苦労したら、ユーザーに受け入れられた時に報われますからね。自分の作ったものが自分の目の前で売れていったら、どんなに辛くてもやめられないですよ。

※岩田氏、当時HAL研究所代表取締役社長。現在は任天堂の社長です。



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■糸井重里さん

・任天堂からの帰り道、涙が出そうになりました

 喫茶店に行った時、自分の作った歌が有線で流れていたら気持ちがいいだろうな。それがぼくが歌の作詞をしたきっかけでした
 ゲームを作ったきっかけも同じです。まず「ドラクエ」にハマったんです。それで最後のエンドロールに出てくるスタッフの名前の中に、自分も入ってみたいと思ったんです。
 どうやってゲームを作るのかは知らなかったんですけど、自分だったらこういったこともできる、こんな話もできると考えているうちに、メモをとりはじめました。こんなゲームを誰か作ってくれないかな?こんなゲームがあったら自分でプレイしたいのにと思ったんですよ。

 そんな時、別の用事で任天堂に行くことになったんです。それでその前日に、今まで書いたゲームの構想(「MOTHER」ですけど)をまとめて持っていきました。
 任天堂の人たちとクラブ活動みたいにゲームが作れたらいいなと、雑に思ってたんですね。まるで草野球やってるやつが巨人の入団テストを受けに行ったようなもんですよね。
 ぼくはよそで名前のある人間でしょ。任天堂でアイディアを話すと、営業や総務の人たちは「なるほど!」なんてことを言ってくれるわけですよ。
 ところが開発の宮本茂さん!彼が一番冷たいんですよね。
「ここまでのアイディアなら、あるんですよね。いくつかは新しいものもあるみたいだけど、この程度じゃなんでもないですよ。」
 そんなことを遠回しに言うんです。
 ぼくは勝手に「おお!糸井さん、これは素晴らしい!」と言われるかもなんて思っていたのに、それでしょ?帰りの新幹線では涙がにじみそうでしたよ(笑)。
 ぼくは宮本さんの言葉の意味をわかっていなかったんですね。ゲームを作るなら、そこから始まる難しさを最後まで引き受けなければならない。

 任天堂の社内でどういう経過があったのかは知りません。その後チームを紹介されて、「MOTHER」のプロジェクトが始まったわけです。
 まあ、ラッキーだったということですね。でも、それからの大変さを考えると、本当はラッキーだったのかそれともアンラッキーだったのかはわからないけど……(笑)
 ぼくはプロデューサーとしても動けるので、敵のデザインは南伸坊さんにとか、音楽は鈴木慶一さんにとか、色んなスタッフも集めました。ぼくの中にはプロデューサーの糸井と、それに言葉を作るコピーライターの糸井がいるんです。
 コピーライターの糸井が書いているところに糸井プロデューサーが来て、「これじゃなあ・…」なんて注文をつけたりしてます。だから2回働いているのかもしれませんね(笑)

・RPGのセリフは耳で聞く言葉。だから漢字は使わない。

 「MOTHER」にはフライングマンというのが出てきます。役に立つから仲間に入れて連れて行く。でも戦っていると死んでしまう。ひとり死ぬと、お墓がひとつ建っていく。イヤでしょ?そういうイヤさがぼくは好きなんですよ(笑)。
 映画をそのままゲームにしたらつまらないよね。ぼくは、ゲームでしかできないことをプレイヤーに体験させたいんです。イエスかノーがあるとすれば、「イエスを選んでいいのか。おれは悪魔じゃないのか」と、自分を疑うようなゲームを作りたいですね。
 「おまえはどう生きるのか」。ゲームとはいえ、そんなダンディズムを貫くことはできるはずです。それは色んな場面で問われていくんですよね。

 今のハードであれば、ゲームに漢字を使うことも簡単にできます。でも、今度の「MOTHER2」では漢字は入れません。
 これはぼくのRPGに対する直感みたいなものだけど、RPGの言葉って耳で聞く言葉なんです。耳では音を聞きます。ぼくはプレイヤーに音読させたい。だから、目で見る漢字があるとズレが出る。耳で聞く言葉だから、わかりにくいことがあったとしても、それでいいと思ってます。
 ハードの進歩を考えてゲームを作るのは貧しい発想だね。映画の世界で言えば、今でも昔ながらのモノクロ映画を作りたい人はたくさんいるわけでしょ。色んなソフトで意味もなく回転とか縮小をやっているのを見ると、「こいつら、バカか……」と思ってしまう(笑)。

・勉強を学ぶんじゃなくて勉強の仕方を学べ!

 ゲームを作りたいんだったら、人に対するサービス精神を伸ばすことが大事です。例えば4人いて、シーンとなった時、最初に口を開く奴。そんな子が才能あると思うよ。
 ぼくは落ち着きがない子とか、気の弱い子がゲーム作りに向いていると思います。気の強い人は相手の気持ちがわからないから、人にサービスできない。コンプレックスとかハンデがある子はいいよね。そんな子ほど相手に理解してほしいと思うものだから。
 ぼくも子どもの時はぜんそくに悩まされたけど、ぜんそくもちはいいよ(笑)。普通の子が平気で遊んでいるところに行けない。自分を鍛えなければいけない。それで、自分を変えたという体験を持てる。
 かわいそうだと思われてても、「そんな風に思われたくない!」というエネルギーを持っている子がいいですよ。

 学校の勉強は将来のためには10パーセントくらいにしかならないと思うね。英語とか算数とかは必要になった時に覚えればいい。それよりも、自分がひとりぼっちで道に迷った時に、どうやって家に帰るかを考える方が大事です。
 電車代をどうする?どの電車に乗ればいいのか?そんなことを自分ひとりで筋道を立てて考えるというのが大切だと思います。
 先生も答えを知らないこと。誰も答えを知らないこと。でも、答えを出さなければならない。そんなことを一生懸命考えることです。
 勉強を学ぶのではなくて、勉強の仕方を学ばなきゃ!



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■宮岡寛さん

・とにかくハマった「ウィザードリィ」

 大学生の頃はよくゲームセンターに行ってたね。インベーダーをやっつけたり、風船を割ったり……。でもその頃はコンピュータに興味はなくて、自分がコンピュータを持つなんて想像もしませんでした。
 大学を出てライターをやっていた頃ですけど、当時一緒に仕事をやっていた土井孝幸さんの家にAPPLEII(アップルツー。パソコン)があったんですよ。で、「ウィザードリィ」があるというので行ってみた。ところが、当時の日本語マニュアルには間違いが多くて、すぐに死んでしまう。それでも徹夜して遊んでいたらハマってしまって、次の日には自分でAPPLEIIを買っていたんです(笑)。完全にゲームマシンとしてパソコンを買ったわけだね。

 今「ジャングルウォーズ」とかを作っている木村初さんもうちに遊びにきて、2日も3日もいたのかな…。うちから帰ったら、すぐにAPPLEIIを買ったんだよね。
 で、そんな「ウィザードリィ」仲間に堀井雄二さんがいて、ふたりして近所の喫茶店とかで「ウィザードリィ」のことをしょっちゅう話していたんです。
 ぼくは麻雀とか色んな遊びにハマったことはあったけど、「ウィザードリィ」はゲームと日常とどっちが自分の人生かわからないくらいにハマってしまって、これほどハマる魅力はなんだろうねってことをよく話してましたね。

 その堀江さんがエニックスで「ドラクエ」を作ることになって、手伝ってみないかと誘われたんです。ぼくも自分でゲームを作りたいと思ってましたから、この話に飛びついたんですよ。
 ぼくと堀井さんはどちらもフリーライター出身で、その頃のゲームの中には文章が下手なものが多いと感じていたんです。だから、自分でつくるものはモンスターの名前ひとつでもこだわりますね。名前が決まらないと、イメージがわかないんですよ。
 あと、ふたりに共通しているのは、RPGの主人公はなるべく色がつかない方がいいという思いだね。あまりキャラクターが強くて色がついちゃうと、「おれこんなセリフをしゃべるつもりはないのに……」という気持ちが出て、あらかじめ組まれているプログラムの中で遊ばれてる感覚になるでしょ。だから「自分」は何も話さずに、まわりの人たちの反応で「自分」が何を言ったのかを想像させようという制限をつけたんですね。
 「ドラクエ」はIII(スリー)まで手伝って、それから「メタルマックス」を作ったわけです。

・自分がプレイヤーとして面白いかどうかが大切

 ぼくはあんまり理詰めでゲームを作らない方なんだけど、とにかく自分がプレイヤーだとして面白いかどうかということを、いつも意識するようにしています。
 ダンジョンマップを作る時にも、ゲームの画面をイメージしながら、その中を歩くことを考えて作ってますね。だから、ここで曲がったら画面のはしに宝箱が見えてくるとか、そういったところに気を使いますね。
 もういくつものダンジョンを作ってきたので、方眼紙の上にマップを書いただけで画面の大きさがつかめるようになってるんですよ(笑)。
 個人的にマップが汚いのはいやなんですよ。絵としてバランスが悪いのを見るのが辛いんですよね。でも、プロデューサーからは叱られます。ユーザーはそんなのを気にしないから、早く作れってね(笑)。

・これからのRPGはどうなるのか

 ぼくは「ドラクエ」シリーズをIIIまで手伝ってきたわけですよね。それで、新しくゲームを作るときは、なるべく「ドラクエ」と同じにならないように、違うものを作ろうという気持ちが強いんです。
 でも、「ドラクエ」でベストだと思って作ってきたことを変えてしまうと、ゲームとしてわかりにくいものや、面倒なものになってしまう。そこが難しいところですね。
 RPGの文法というのはだいぶ決まってきたと思いますね。でも、本当はそれを壊してしまいたいんですよ。
 ただ、さすがに何年もかかって色んな人が作ってきたものですから、今あるのはほぼベストといえる形でしょう。それを変えるためには、表現の方法から変えなければいけなくなるんでしょうかね?

 最近、RPGでは自由度というものがよく話題にされます。シナリオの形にしても、フリーシナリオとか、マルチエンディングって方法がありますね。あれがそんなにいいものだとは思わないんですよ。
 物語に山場が4つあるとして、その順序を考えると、本当に美しいパターンはひとつしかあり得ません。それがひとつずれると、話の美しさが損なわれてしまう。だから、お話で感動させようと思ったら、自由度を求めるのは無理ですね。

・最後に頼りになるのは君自身のセンスだ!

 これからゲームを作ろうと考えている人にこれは言っておきたい。ものを作る上では色んなことを知ってほしい。
 例えば、プログラマーに「あの映画のこういうシーンみたいに……」と言っても、それを知らないとわからないわけですよね。「映画を見ろ!」とよく言われるのは、つまりそういうことなんです。
 それから、同じひとつのゲームでも、それを絶賛する人からけなす人まで色々いますよね。だから、最後に頼りになるのは自分自身なんです。自分がいいと思うものを人がいいと思ってくれるかどうか。そのセンスを持っていることが大事なんです。
 自分の作品だと思って作るのがゲームデザイナーなんです。周りから言われるままに仕様書を変えるのは、クリエイターの仕事ではありません。

※「ファミコン神拳」のみや王さんです。みや王、ゆう帝(堀井雄二)、キム帝(きむらはじめ)、てつ麿(黒沢哲哉)で有名ですね。



次回最終回。すぎやまこういちさん、植松伸夫さん、他。

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目次メモ071116
2007 / 07 / 16 ( Mon )
NEW!!

■ 映画化記念!!スーパージャンプで男塾塾生同窓会/あの人は死んだはずじゃあ…

■海外を語る NEW!!

汚れきったスイスの総選挙…選挙ポスターから見る排斥主義と非難の声
スイスに存在する2つの安楽死組織
スイスで急増する農家を目指す若者たち
マジックテープはスイス発祥
ユビキタス時代到来の予感
止まらないスイスの好景気
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精神を軽視していいのか!? 〜スイス政府に見放される『代替医療』
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「1994年ゲームクリエイター達の言葉(1)/堀井雄二、坂口博信、宮本茂」
「1994年ゲームクリエイター達の言葉(2)/岩田聡、糸井重里、宮岡寛(みや王)」
「1994年ゲームクリエイター達の言葉(3)/すぎやまこういち、植松伸夫、内藤寛、靄沢秀二
世界動物ビックリ写真 with NEWS/世界一醜い犬2007 他〜
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毒舌大臣渡辺喜美の政界生中継

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1994年ゲームクリエイター達の言葉(1)/堀井雄二、坂口博信、宮本茂
2007 / 07 / 13 ( Fri )
◆バックナンバー
「1994年ゲームクリエイター達の言葉(2)/岩田聡、糸井重里、宮岡寛(みや王)」
「1994年ゲームクリエイター達の言葉(3)/すぎやまこういち、植松伸夫、内藤寛、靄沢秀二

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1994年発行の「ゲームデザイナー入門」という本で、当時活躍していたゲームクリエイター達のインタビューが多数収録されていました。もちろん今も第一線で活躍されている方達ですが、SFC時代ならではの言葉や、「ゲーム作り」にとって不変なためになる言葉も多く、ぜひ今紹介したいと思いました。

今回はその中から堀井雄二さん、坂口博信さん、宮本茂さんのインタビューをご紹介したいと思います。



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■堀井雄二さん

・シナリオを書くにもプログラムの知識が必要です。

 よく「シナリオを書くのだから、プログラムの知識は必要ない」と思ってしまう人がいるようですが、実際にはある程度の知識が必要です。
 ただ単にゲームの企画だけを紙に書いてソフト会社に持ち込んでも、採用されることは少ないはずです。
 今では、ぼくも自分でプログラムを組んだりはしていませんが、一番初めは自分でプログラムを組んで、完成版として会社に持ち込みました。それから、パソコンの「ポートピア殺人事件」「軽井沢誘拐案内」まで、ひとりで作っていました。そのころはグラフィックも全部やっていたんですよ。
 プログラムを組まなくなった今でも、当時の知識を生かして、プログラムの仕組みを念頭に置いて、シナリオを書くようにしています。
 プログラムの知識といっても、そんなに難しいことはわからなくても構いません。コンピュータというのは、何から何まで、人間が指示してやらなくては動かないものですから、難しいことを考えるのではなくて、難しいことをどれだけ単純にするかが必要なわけです。
 だから、プログラムの成り立ちや、考え方という基本的なところがわかっていればいいんです。コンピュータの機種が変わっても、その考え方は同じはずです。

 ゲームのシナリオを書く場合、あらすじだけ考えてもゲームにはなりません。
例えばドラクエでは、まず画面を考えた場合、マップが必要になります。マップができると、その上に、人間を置く作業です。
 その人間がどんな役割の人間なのかを決める。どんな動きをするのかも考えなければいけません。セリフも決めます。また、状況が変わった場合のために、違うセリフを用意する必要もあるかもしれません。
 つまり、プログラマーが実際にプログラムを組むために必要な材料を用意していくわけですね。そのためには、ある程度はプログラムの知識があった方が便利だし、プログラマーとも、より良いコミュニケーションがとれると思いますよ。

・子供の頃にやったマンガの勉強が役に立った

 ぼくはもともと、ものを作るのが好きな子どもでした。家がサッシ屋だったので、家の中にアルミとか製材とかがたくさんあって、それでパチンコ台とかを作っていました。穴に入ると、きちんと玉が5つ出てくる仕掛けを、天秤を使ったりして、工夫しましたね。
 社会や地理は苦手でしたね。ものを覚えるのが苦手なんです。国語もそんなによくなかったです。
 でも、そのころは漫画家になりたくて、マンガばかり描いてました。ふきだしの中のセリフを描くために、短い言葉できちんと内容を表現しなければならないんですが、それが良い経験になったと思います。
 大学生の頃から、フリーで文章を書く仕事をしていました。で、コンピュータが仕事に使えるというんで、PC6001というパソコンを買ったんです。
 でも、当時のパソコンの性能では使い物にならなくて、ゲームばかりやっていました。
 で、ゲームの数も少なくて、自分でBASICとかマシン語でプログラムを組み始めたんです。自分の命令通りにプログラムが動くのが面白かったんですね。
 当時はプログラムの入門書を買っても、すごく厚くて読む気がしない。で、はじめにとりあえず、4つほど命令を覚えたんです。
 色々やってたら、できないことがあって、どうすればいいんだろうって、本を読んで、また、一つ覚えていく……。そんな感じでしたね。

 そんな頃、「少年ジャンプ」の仕事で、ゲーム特集のために、エニックスに取材に行ったんですよ。そこで、そのままゲームコンテストに応募してしまった。それが、ゲームデザイナーになったきっかけです。

・どうすれば人を楽しませることができるかを考えよう

 「ドラゴンクエスト」シリーズでいえば、最初、呪文の名前をホイミとか、パルプンテにすると言った時は、スタッフのみんなに「え〜!?」と非難されたんですよ。
 でも、「名前を変えるのは簡単だよね。もしやってみて、最後まで気に入らなかったら変えるから」と説得して、やってたら、みんな気に入っちゃったんです。「これしかない」ってね!(笑)
 スタッフのみんながゲームが好きだし、激しい議論もしたりしますけど、面白いゲームを作ろうという気持ちは一緒だから、それで気まずくなることはありません。
 ゲーム作りの最後は容量との戦いです。毎回、モンスターは何体かいなくなりますし、III(スリー)では、町がひとつ丸ごと、なくなってしまいました。話のつじつまを合わせるのは大変ですが、何とかうまくまとめてしまいますけどね。
 ぼくはバランス調整まで、必ず自分の手を入れます。テストプレイヤーの報告を聞いたら、自分でそこまでやって確認して、ひとつずつ数字を変えていきます。

 映画、小説、マンガ、ゲーム、そのどれもが人にアピールする……、人を楽しませるものですよね。ゲームをつくる人はコンピュータの勉強だけしていればいいわけではありません。コンピュータを相手にするわけではなく、その向こうにいる人間を相手にするわけです。
 そういう意味で、色々なものをみて、どうすれば人を楽しませられるのか、想像してみてください。
 ゲームをする時も、自分だったらここはこうするのに、というところが出てきますよね。そういうものがいくつもたまってきて、どんどんオリジナルなものになっていくんです。
 最初のアイディアが「ドラクエ」のようなものでも、そこに自分のアイディアを足していくことが、ゲームをつくるためのいい勉強になると思います。



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■坂口博信さん

・最初はアルバイトでスクウェアに

 小学校の時にピアノを習っていて、中学校の時はフォークギター。高校の頃、ぼくはミュージシャンになりたかったのです。その頃はテレビゲームなんて嫌いで、触りもしませんでした。
 そんなぼくが、大学の電気情報工学科に入って、これは何かをやらなければいけないと、APPLEII(アップルツー、パソコン)で、「ウィザードリィ」とか「ウルティマ」とかアドベンチャーゲームで遊んでいるうちに、すっかりとりこになってしまったんです。
 「ウルティマ」などのセーブデータをのぞいたり、いじったりできるツールがありました。それでお金を勝手に増やしたりしているうちに、少しずつプログラムの構造というのがわかってきました。 「これならおれにも作れそうだな。」それがゲームを作り始めたきっかけですね。
 オールBASIC(ベーシック、初歩的なプログラム言語)のアドベンチャーゲームとかを作ったりしましたね。
 で、アルバイト雑誌を見ていると、当時できたばかりのスクウェアで事務を募集していたんです。ぼくにできるのはBASICくらいだし、当時の一流の会社では通用しないだろうけど、このあたりの会社くらいだったら何とかなるだろう(笑)と応募しました。
 最初の企画はつぶれてしまったんですけど、98や88、7や77(全てパソコンの機種)のソフトを作りました。はじめはお金をかせぐためのアルバイトのつもりだったんですよね。

・FFチームは「甲子園をめざしている気分」?!

 「テトリス」や「シムシティ」のようなゲームは、プログラマーひとりが作っていくものですよね。でも、最近のRPGなどだと、チームの力プラス個人の能力が大事になるんです。
 ぼくも中学生の時バスケットボールをやっていて、先輩後輩の関係とか「やる時はやるんだ」ということを学びました。
 「FF」チームも体育会系のノリですね。ゲーム作りは1年以上という長丁場ですし、それにひとりが「やろう!」と言っても、他がだめだと決していい作品にはなりません。絵も音もバラバラの才能の集まりですからね。
 最後にはぼくも言いますよ。普段は昼の1時とか2時とかに出社する連中に「朝は11時に来い! 夜は10時まで帰るな! 土曜も来い! 日曜も来い! 映画を見たいとか彼女に会いたいとかを考えている暇があったらイベントを考えろ!」って机をポカンと叩いたり、そうすると、納期には間に合うもんなんですよ(笑)。
 新人がFFチームに入ってくると「みんなで甲子園を目指しているような気分になる」って言うんですよ。そういう熱気とかパワーがゲームの中に入るんです。

 それにうちは仕様書というものを書きません。仕様書というのは、書いてみると面白い仕様書……、読んで面白い仕様書を書き始めるんです。でも、それではゲームになると面白くなくなるんです。
 仕様書を書くのは紙の上でも、ゲームというのはテレビ画面ですよね。画面になった時に面白くならないといけないんです。逆に、仕様書は面白くなくても、ゲームになった時に面白くなればいいんです。「仕様書なんて書いている暇があったら、データを作って画面を動かせ」 って言っているんですよね。

 うちは、マッキントッシュ(パソコンの機種)の上で自社製のツールを作って、スーパーファミコンのゲームも作っています。それにチーム内で、マッキントッシュのネットワークをつないでいます。色んなアイディアが生まれたら、電子メールでやりとりしてるんですよ。こうやれば、ひとりのアイディアがみんなに見てもらえるんですよ。
 「FFIV」では、フィールド画面が拡大縮小しますね。あれは最初は考えてなかったんです。そこへ「スーパーファミコンなら拡大縮小だ!」とかいって、最初は単純な拡大縮小をやっていたんです。
 ところがある日、プログラマーのひとりがレースゲームに影響されたのかおあそびで画面を倒してみたら、みんなが「すごくいいじゃないか」といって、それでああなったんです。
 そこには仕様書がないわけです。画面を倒せなんて、紙に書くより画面を見せればみんなが納得できる。そんな環境が大切なんです。
 うちには企画書さえないんです。ゲーム完成の半年前になると販売促進用の宣伝会議が始まるんですが、その時にあわてて企画書らしきものを作ります(笑)

・プログラム、グラフィック…何でも一通りやってみよう

  ぼくは古いやり方を壊すのが好きなんです。今まで演出ひとり、シナリオひとりでやっていたのを3人ずつにしてみたり、今まであったポジションを他のところに入れて、新しいポジションを作ったり……。
 ゲーム作りというのは、まだ確立されていない分野ですからね。作り方とか、人の担当を変えていくと、でき上がるものが違ってくるんです。
 
 ゲームを作りたいという人が来ると、ぼくは聞くんです。「今まで、何で自分ひとりで作って完成させようとしなかったんだ?」ってね。
 ゲームを10本買うのを我慢すれば、パソコンは買えるんですよ。プログラムで何かを表現しようと思ったら、CでもBASICでも言語を覚えるのは当然です。プログラムは基礎の基礎ですからね。
 ただ、グラフィックを目指す人は紙の絵が描けなければいけません。
 シナリオもそうです。多少書ける程度では使い物にならない。脚本家の勉強をきちんとやって、ゲームデザイン、画面レイアウト、ドット絵、プログラムなど一通りやってみる。それくらいでないと面白いものは作れません。

 今あるハードに縛られず、次の世代を夢見ることが大切ですよ。



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■宮本茂さん

・「遊び」を作るのにコンピュータがあると便利だから……

 今では「コンピュータゲーム」というものが、身の回りにはじめからありますね。ところが、ぼくの場合はマリオを作る時でも「コンピュータゲーム」を作ろうという気持ちはありませんでした。「おもちゃ」を作ろうとか「遊び」を作ろうとか、「売れる商品」を作ろうという気持ちがはじめにあって、そのためにコンピュータを使うと結構便利だなという考え方をしてるんです。

・新しいシステムがゲームの60%を決める!

  経験から言わせてもらえれば、ゲーム作りではシステムを変えないと、新しいものを作る価値はあまりありません。だからマリオで言えば、同じ遊び方でマップだけを変えるようではしょうがないと思いますね。
 そういった新しいシステムがゲームの60%を決めるわけです。うちの場合はそういった核の部分を最初に作ります。マップとかストーリーとかは、20とか10パーセントですね。

 「F-ZERO」の場合で言えば、スーパーファミコンという新しいゲーム機には、定番のドライブゲームが必要だということがあったんです。それも業務用の移植ではないものがね、
 最初は宇宙船を真横から見たような画面でした。それを試作段階で色んな実験をやってきて、ハードの能力とか触った時の手応えを考えていくんです。基礎を作るというのが大切なんです。
 「F-ZERO」のあの画面では、バンクカーブのような立体物は描けない。では、立体物ができなければどういうところで面白がらせるか。
 それにもっといきいきしたキャラクターを描きたいけど、車にタイヤをつけると絵の容量が倍もかかる。ドリフトの煙を描いたらもっとかかる。それで、車はホバークラフトのようになった。
 また、家庭用のジョイスティックやボタンでハンドルを回すような感覚がどうやったら出せるのかとかね。そんなことを考えていくわけですよ。

 大切なのは、プレイを始めて2、3分の感覚なんです。プレーヤーの心をつかむのはそこです。
 任天堂の場合、その核の部分ができるまでは、グラフィックを入れないんですよ。核を作っても、よくなければ捨ててしまいます。とにかく作ってみなければわかりませんからね。
 まあ、そういう実験を最初にやっておけば、色んな失敗を経験することができます。それもまた大切なんですよ。
 スタッフの人数で言うと、最初の1年は3、4人でやっているんです。それから半年くらい人数を増やしていき、最後の8ヶ月くらいになると20人くらいになるわけですね。

・表面を変えるんじゃなくて、原点のところから考える。

 任天堂には、こんなゲームをつくってほしいと子どもたちから仕様書みたいなものがたくさん送られてくるんですよ。でも、そのほとんどが「ドラクエ」や「マリオ」をなぞったもので、シナリオだけ違うんです。
 でも、シナリオを考える作業というのは、ゲームデザインの基本ではないわけですね。ただ表面を変えただけで、本質的には何も変わっていないんですよ。
 よくゲームはストーリーだと言われてますけど、そんなことはありません。ストーリーなんて、ゲームの核のシステムができた後で、キャラクターがはっきりしてきて、そこから世界観が浮かんでくる。その後で自然に生まれるものでしょう。
 「生き別れの兄弟がまた出会ってどうのこうの」なんて考えるのは、ゲーム作りとはいいませんよ(笑)。マリオにはバックストーリーなんてありませんからね。
 もしも「シムシティー」のような新しいシステムの提案であれば、プロデューサーの目にとまることにもなるんでしょうけどね。そうでなければ、ただの「ゲーム作り」ごっこになってしまうんですよ。
 まあそういったことを否定はしませんけど、子どもの時からそんなことをする必要はないと思いますね。原点のところからつくることが大切なわけです。

・ゲームは完成直前まで変えられる。最後まであきらめるな

 映画とゲームの一番の違いは何だと思いますか。
 例えば映画だったら、監督がフィルムを見て「こりゃあかん」と言い出しても、全部最初から撮り直さなければならないんです。簡単には修正がきかないんです。
 でも、ゲームは完成する寸前まで、編集から何から全部変えられちゃうんですよ。プログラムの一部を変えただけでまるで違ったゲームになるんです。例えばプレーヤーを死なないようにしようとか(笑)……。
 このゲームが面白くならないのは、重力があるからかもしれない。だからプログラムの重力の部分を外して、重力のない世界にしてみたらすごいよくなった。そんなこともあるんです。
 まあ、一部を変えただけで全体を変えられるだけに、最後まで落ち着いては寝られませんよ。そこがゲーム作りの一番面白いところなんですけどね。
 だから納期まで、最後まで、絶対にあきらめちゃいけないんです。
 もともとプログラマーというのは、バグが出なければよいと思う人たちなんです。でも、ゲームを面白くしていう作業は常に改造をしていく作業でしょ? それがバグの原因になりやすいんです。
 だからプログラマーは気に入らないでしょうね。そこで、肩をもんだり(笑)、熱意を見せたり(笑)、ぼくも色々やるわけです(笑)。

・プログラムの知識があればアイディアも見つかる

 まあ、ディレクターとしてプログラマーを説得するだけのプログラム知識は必要ですね。こっちがわからないと、プログラマーにはのらりくらりと逃げられますからね。
 プログラマーにはそれがなぜできないのかを聞いて、自分がなぜやりたいのかというのを話しているうちに、全然違う方法で解決できることもあるんですよ。
 例えば、プレーヤーと敵の衝突の処理がうまくいかない。ディレクターは敵をもっと小さくしたい。でも敵の数が400くらいあって、全部変更していたら1週間かけても終わらない。
 普通ならそこで終わる話ですよね。でも、問題はぶつかり方が厳しすぎることでしょ? だったら敵を変えるのではなくて、プレーヤーそのものを小さくすれば、たったひとつ直すだけですむんですよ。
 これがディレクターの手腕なんです。

 例えばテストプレイをしているモニターに「遅い!」と言われる。けど、スクロールのスピードを上げるわけにはいかない。でも、プレーヤーが一生懸命ボタンを押しているのに走っているように見えないというのが問題だということがわかれば、やり方はあるんです。スプライトの足を動かすアニメーションのパターンを速くしてキャラが一生懸命走っているように見せたら、モニターは文句を言わなくなったということもありました。
 スクロールの変更はプログラマーも大変です。でも、スプライトのアニメを速くしてくれと言えば、簡単にやってくれるんです。
 そんなアイディアを見つけることや、プログラマー用語で話すこと、プログラマー向けのロジックで話をするというのはすごく大切ですよね。
 前向きにやることが大事なんですよ。執着心があって、ポジティブであきらめない人がいいんです。

・ものを作って、人に見せろ。なにくそとがんばれ

 ぼくはデザイン関係の大学にいたんです。そこでは、自分が作った作品の順位が貼り出されるんですね。
 上にいるとうれしいけど、下だと悔しい。けなされて、負けたんやなと思う。いい経験になりましたよ。
 だから、この職業は打たれ弱い人はやめた方がいいですね。実際にものを作ってみて、人に見せる。たとえけなされても、なにくそとがんばる。
 自分がもの作りに向いているのか、ただのゲーム好きなのかを見極めておいた方がいいですね。それでもゲームを本当に作りたければ、どんな形でもいいからこの業界に入ってきてください。



To be continued...



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【欧州】動物に感染するウィルスの猛威
2007 / 07 / 07 ( Sat )
今ヨーロッパで動物に感染するウィルスの猛威が広がっている。
鳥インフルエンザが新たにニュンベルク(ドイツ、バイエルン州)で発生したのに加え、アザラシが"アシカペスト"で大量死した。

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■H5N1型鳥インフルエンザの危険な変種、ニュルンベルクにて確認


リームス島にあるフリードリッヒ・レフラー研究所が、鳥インフルエンザの発症を公式に確認した。市の当局が日曜日に伝えたところでは、市の管轄区で発見された3羽の水鳥(白鳥2羽とガチョウ1羽)から、特殊な攻撃性があり、人体にも危険性のあるH5N1型ウイルスの変種が発見された。これまでにヴェーダー湖とジルバー湖で計8羽の水鳥の死亡が確認されている。土曜日には立ったままとなっている禁止・監視小屋の整理が指示。問題のあった水域には、看視小屋が設置された。ニュルンベルクの管轄区内の養禽業者には密室的環境である飼育小屋の鳥からすぐに離れること、また(これらの鳥との接触に対する)禁令が指示された。そうして、消毒桶が設置された。連邦の伝染病チームは報告に従い、近日中に市の管理を支持し、感染死の原因と背景を科学的に調査することになろう。ニュルンベルク市長、ウルリッヒ・マリー(社会民主党)は午後(16時30分)、ヴェーダー湖畔で、現在の状況と保護処置の報告に全力を上げるよう要請した。

PRインサイド・ドットコム
2007年06月24日16時16分
ニュルンベルク(ddp) (原文)


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このニュースの写真(クリックで見れます。ややグロテスク注意)

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■デンマークでウイルスによるアザラシの死、3度目に

アザラシの大量死。そこに生息する動物(の命)をウイルスが奪うのは、1988年以降3度目となる。

デンマークのアンホルト島でアザラシの大量死に見舞われるのは、1988年以降3度目のことだ。コペンハーゲンの自然保護団体のスポークスマンが土曜日に伝えたように、先週は41頭、それと共に、北海とバルト海の間のカーテガット海峡で信じられないほどたくさんの動物が死んだ。ウイルスはいまだ正確には究明されていない。それは(過剰なまでの確信を伴い)恐るべき“アシカペスト”を引き起こす。

どれほどの数の動物に免疫があるか、不明

 「状況は深刻だ。我々は来月には、当地の海岸に流れ着くたくさんの死んだアザラシを数えねばならない」環境保護団体のヘンリック・リッケ・ソレンセンは言った。どれほどの数の動物に、ウイルスに対する免疫があるのかも不明だ。
 1988年も2002年も、アザラシの大量死はアンホルト島から起こり、ドイツ沿岸部にも広がった。最初の病気では60%、2度目は30%のアザラシが死んだ。生息頭数は回復しているが相対的で急変することもある。目下、デンマーク沿岸の12,000頭以上の動物たち(の頭数)を安定させることが肝要である。

オーストリア24ヴェルト/ヴェルトクロニーク
コペンハーゲン、2007年06月23日(原文)


日本メディアではなかなか報道されない情報であり、またいつ日本に来るかもわからない。注意が必要である。

Editor:Risa Kanaya
Translator:"Koji de Moji"(多謝!!)
08:18:26 | メディアが伝えない | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
Videos of Patrick Leahy.
2007 / 07 / 03 ( Tue )
・the vice president is not above the law


・Patrick Leahy : This NOT a Dictatorship


・TPMtv: Sunday Show Roundup - Joe vs. Everybody Else


・Senator Patrick Leahy at Washington, D.C. Day of Action



・Senator Patrick Leahy: Habeas Corpus Rally


15:57:32 | 政治を身近に | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
世界動物ビックリ写真 with NEWS/世界一醜い犬2007 他〜
2007 / 07 / 03 ( Tue )
世界の動物関連のビックリする写真とニュースが立て続いていたのでご紹介します。

■世界一醜い犬2007

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毎年一回行われる「世界一醜い犬コンテスト("World's Ugliest Dog" contest)」で2003年から実に四連覇していたSAMを破り、Elwood(上の写真の犬)が優勝を果たしました。
犬種はチャイニーズ・クレステッド・ドッグで、前チャンプのSAMと同じ。

ちなみにSAMの写真はこれ。
IW4C0045-CROPPED-copy-web.jpg

SAMは特集ページもありますのでそちらもご覧あれ。
Sam - "World's Ugliest Dog"

(この写真の元記事/World's Ugliest Dog Contest)

■猫特集

・講義を聞いた猫

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猫の遺伝子・生物学の講義を聞き入る猫であった。

(この写真の元記事/Cradle of civilization also cats' cradle)

・アタック・オブ・ザ・キャット

cat.jpg

ベルリンの動物保護施設のガラス戸で伸びてる猫。
この世界的にも大きく新しい施設では、毎年12,000匹もの動物が保護されている。

(この写真の元記事)

■ゼブラホース

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ドイツにいる、シマウマと馬の混血「Eclyse」。

(この写真の元記事)

■赤ちゃん特集

・ゴリラの赤ちゃん

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7/2、東ドイツMuensterの動物園で、生後6週間のゴリラの赤ちゃん「Mary Zwo」ちゃんがお披露目された。

(この写真の元記事)

・カバの赤ちゃん

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6/26、パリ郊外のVincennes動物園で生後3週間のカバの赤ちゃんがお披露目された。

(この写真の元記事)

・レッサーパンダの双子の赤ちゃん

red_pandas__edm102.jpg

6/26、Edmonton Valley動物園で双子のレッサーパンダの赤ちゃん「Koko」と「Lala」が誕生。

(この写真の元記事)


続く
15:07:32 | ちょっと一息 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
渡辺大臣が語る公務員制度改革・自民党案と民主党案の違い
2007 / 07 / 02 ( Mon )
先日成立した公務員制度改革関連法。超人大陸で渡辺大臣が毎週このことについて語ったいましたが、5/23号での民主党案との違いが面白かったので全文を掲載(動画起こし)して取り上げてみようと思います。

渡辺よしみの政界生中継より





■「公務員制度改革 政府案VS民主案」

「渡辺喜美です。
いよいよ国会で公務員制度改革の審議が始まりました。民主党も提案を出してきまして、我々政府案と民主案の全面対決となっております。
私たちは政府案の中において、何と言ってもですね、国家公務員の世界が民間と異質なところ、それは実力主義がないんですね。年功序列主義が今でも横行している。まあ評価はやるんですけども、その評価が昇進、ポストと給料に結びついていないというところなわけです。ですから簡単な話で、実力主義でいくには評価をポストと給料に結びつけろ、という単純明快なことを私たちが主張しているんですね。これによって年功序列主義は打破されるというわけであります。

ところが民主党案はですね、なんかちょっと中途半端なんですね。例えば年功序列は維持したいのかな?と思っちゃったりいたします。
本当に政府案ではですね、これまでの試験区分、つまりキャリアとかノンキャリアとかですね、そういった試験区分に関らずに実力のある人はどんどん昇進していきますよというあんなんです。ところが民主党案はですね、この規定だけはどうもないんですね。つまり今の年功序列でいきたいのかという愚案に考えられちゃうわけであります。

先週の審議の中でですね、民主党は「民間でも政府と同様に年功序列人事があるじゃねえか」という発言をしているんですね。これは年功序列を維持したいということをハッキリ言っちゃったと私には思えたのでございます。
民主党はですね、我々が考えているように能力や実績の伴わない役人は降格、減給、どうしようもない場合は免職もありだよということを言っているんですが、これ民間でも当たり前のことなんですね。では民主党はこういうことは賛成なのか反対なのか、どうも反対してんのか何かよくわからない、というところでございます。

役人の給料を払っているのは国民なんですね。国民が厳しいルールの元で給料をもらっているわけでありますから、役人だけが安泰だというのはそれはおかしいんじゃないでしょうかね。やっぱり実力主義ということを貫徹することが大事だと思っています。

それから民主党はですね、肩たたきを禁止すれば問題は解決するんだ、と言ってるんですね。でも肩たたきは何で起きるんだ?それは同期が同じように昇進していって、まあ部長クラスになるとポストがなくなっちゃうんで肩たたき、辞めて頂く。まあ天下りで受け皿に行くと、人事の一環としてやってるわけですね。ですからこれは年功序列から起こってくることでしょと。だから我々のように実力主義を導入すれば年功序列は崩れちゃうでしょうと言っているんですが、民主党はですね、「肩たたきさえ禁止すれば問題解決なんだ」ということは、要するに年功序列をそのまま維持してですね、途中で辞めさせないでみんな定年まで勤めさせる、という案なんだろうなということがわかるわけでございます。

とにかく我々は今のやり方を根本的に変えようということなんだけれども、民主党はどうも「リストラはやらない」と言っているように聞こえてしまうんですね。
まあ肩たたきさえ禁止すれば問題解決だってことは、みんな定年まで行っちゃうわけでありますから、そうすると上司高齢化ですね、上司ばっかり増えちゃう。で結局リストラができなくなっちゃうということですから、民主党はリストラすんのかって誰かが聞いたんですね。「大リストラやります」って答えたんですね。どうもそれが根拠がハッキリしないんですね。三年で二割人件費削減するんだ、という目標を掲げているという答弁が民主党からあったんですね。どうも突き詰めていくとですね、国の事業方法を見直すというのは事業の実務に携っている政府以外には出来ないんだ、という答弁だったものですからね、それって政権とる気がないのか、と思えてしまうわけでございます。
つまり三年で二割削減とまあ威勢のいいことを言っていてもですね、絵に描いた餅、腰だめの数字、という感じなんでしょうかね。これではもう政権担当能力が疑われちゃうと思います。

それから大リストラと言っているんですけれども、じゃあ何やるんですかって聞いたら、「新規採用を三年間凍結する」とこういうことを言っているんですね。どうもこれもおかしいですね。やっぱり入れる人は入れてあげないといけないんですね。
我々政府、特に私の担当している規制改革チームなどはですね、もう二周三周等はもう45才くらいまでチャレンジする枠を広げたらどうだ、新規採用は今相当低いところにとどまってるんですね。でも例えば子育てが終わった女性がですね、もう一回再チャレンジしたい、45くらいまで国家公務員の新規採用の試験にチャレンジする、なんてことがあったっていいじゃありませんか。
ところが民主党はですね、上司高齢化、とにかく定年まで勤める人が最優先ですから、だから新規採用は三年間ストップしちゃうんだ、という案でしてね。これ一体どうなっちゃってんの、と。もう本当私には解せない案なんですね。

まあとにかく新規採用をストップすることがですね、どうして大リストラになるんですかね。だって新人てのは大体年俸ベースにして300万ですよ。一方その部長クラスはですね、1,500万くらいもらってるんですね。一人で五人養えちゃうわけですよね。ですからこういう人を放っておいて、高齢上司のもとでですね、本当にこの国は良くなるんだろうか、組織が活性化するだろうかと思わずにはいられないわけでございます。

いずれにしてもですね、今やっているような肩たたきというのは人事の一環で年功序列でやっているわけですから、こういうのはですね、いずれ我々の案、つまり実力主義の導入、それから専門スタッフ職の導入、これをやればいずれなくなるんですね。
しかしやっぱり成績が悪い、仕事もあまりやらない、こういう人は国民の税金で養っておく必要は全くないわけでありますから、これはやっぱりリストラですよね、途中で辞めて頂くこともあるんじゃないかということを言っているわけでございます。

いずれにしても政府案が正しいか、上司高齢化、組織老朽化の役人天国民主党案が正しいかはこれから決着がつくものと