Newsweek-捕鯨ニッポン批判の偽善
2008 / 04 / 09 ( Wed ) ※投稿翌日、Veohの調子が悪かったのでviddlerで同じ映像を貼ってあります。下のVeohの方が画質はいいです。
Online Videos by Veoh.com 2007年のIWC総会で行った日本側の「調査捕鯨の一部自粛」という譲歩提案。この時調査捕鯨と引き換えにしたのは和歌山県太地などの4地域で今後5年間ミンククジラの小規模捕獲を認めてほしい、というアラスカ、グリーンランドと同じカテゴリーの先住民捕鯨であるが、「販売を行う限り商業捕鯨である」とこれを却下。 同時にグリーンランドには先住民枠として新たにミンク25頭等の捕獲が認められ、アラスカとロシアの先住民は今後5年間に計280頭のホッキョククジラの捕獲を認められた。 ちなみに資源状態が極めて良好な日本側が主張するミンククジラと異なり、先住民捕鯨対象のホッキョククジラの資源状態は極めて悪い。また、先住民捕鯨対象地域では副産物であるクジラの骨の工芸品が売られている。日本の販売にあたる行為を全て「商業捕鯨」と否定しておきながらである。 しかも、IWC加盟国であるノルウェーの独自に設置した年間1,050頭の商業捕鯨枠を同じくIWC加盟国であり反捕鯨側のイギリスは黙認している。 イギリスの反捕鯨団体キャンペーンホエールのメンバーは、「英国にとってノルウェーは大切な貿易相手国であり、天然ガス輸入で契約を結んだばかりだからだ」とまで語っている。 …なんとムチャクチャな。 |
「何か」に使う人のためのチベット国旗素材各種
2008 / 03 / 26 ( Wed ) チベット国旗の各種ファイル揃えました。
■JPG(2400x1600px) ![]() 画像クリックで拡大。もしくは右クリックで「対象をファイルに保存」から保存。 http://blog-imgs-21.fc2.com/m/e/t/meteors/Flag_of_Tibet.jpg からでもOK。 以下右クリックからどうぞ。 ■GIF(2400x1600px) http://blog-imgs-21.fc2.com/m/e/t/meteors/Flag_of_Tibet.gif ■PSD(2400x1600px) http://tellyou.jp/tibet/Flag_of_Tibet.psd ■AI(illustrator 8.0形式)& EPS(8.0)セットのzip http://tellyou.jp/tibet/Flag_of_Tibet.zip ■SVG http://tellyou.jp/tibet/Flag_of_Tibet.svg http://tellyou.jp/tibet/Flag_of_Tibet.pdf 資料: ・東トルキスタンの人々に平和と自由を…チベット、台湾だけではない中国の圧政 ・ブーンはチベットについて何も知らないようです(^ω^ )※資料先グロ注意 ・↑の資料先 ※グロ注意 ・チベットデモ及び鎮圧写真・動画一覧 ・【北京五輪】長野での聖火リレーに中国側が“注文”−中国政府を批判する活動を排除するよう要求 やってくれと言ってるのか ・チベット問題〜中国のYouTube規制に対しVeohでアップ 二本目の動画は特に見てほしいもの ・[写真]チベット騒乱・デモの現場 ・[小林よしのり]現在のチベット騒乱までの流れがざっと分かる漫画[ゴー宣] |
チベット問題、スイスの視点
2008 / 03 / 19 ( Wed ) チューリヒのデモ行進
3月15日はヨーロッパの多くの町で中国政府に対するデモ行進が行われた。チューリヒ市ではおよそ2000人が中国領事館に向かってデモ行進を行い、暴力反対の意思やチベットの現状に対する怒りをあらわにした。 この抗議行動を実施したチベット人関係団体は、スイス政府に対して今回の事件を調べるための調査団派遣や拘留者の釈放に対する支援を訴えた。また、中国政府に対しては、武器による暴力行使を即座にやめるよう呼びかけた。さらに、中国オリンピック委員会に対しても人権の遵守などの約束ごとを守るよう要求。中国領事館前では一部の人々が館内に突入しようとしたため一時催涙弾が使用されたが、それを除けば、デモ行進はほぼ平穏のうちに終わった。 連邦外務省の声明 連邦外務省は、人権の遵守は非常に重要であるとして、中国の暴力行為に対する非難を表明した。不釣合いな暴力行使は避け、身体を傷つけられない権利や言論の権利を人権として尊重すべきであると要請。さらに、拘留者の扱いに関しては国際的な人権規範を厳しく守り、平和な抗議行動を行った人々を即時に釈放するよう要求した。 また、スイスオリンピック協会のイェルク・シルト会長は国際オリンピック委員会 ( IOC ) に対し、今回のチベットにおける騒乱に関して中国への介入を要請。しかし、今年夏に開催される予定の北京オリンピックに対するボイコットは考えていないという。 チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ法王はインド北部のダラムサラで、中国の暴力を「意図的であるかどうかはわからないが、一種の文化的な大虐殺」だとして非難した。また一方で、チベットの状況を調査し、原因を究明するための国際的な委員会の設置を要求している。 (以上、swissinfo より) 今までの対外的な干渉で言えば中国のチベットに対するそれも「世界中が」非難して当然のことだと思うのですが、いつも空爆したり軍事介入したりそれを非難してデモやったりする国や人たちは今回どこで指くわえて見てるんですかね。 利権が絡むと黒を白と言ってしまう国、人たち。開催停止レベルの北京の汚染も「OK」にしてしまう国、団体、人たち。恥を知れ恥を。 資料: 【世論調査】 北京五輪ボイコットすべきか? 96.1%がイエス |
チベット問題〜中国のYouTube規制に対しVeohでアップ
2008 / 03 / 16 ( Sun ) 中国に住んでいる知人から、おそらくチベット問題の映像規制でYouTubeにアクセスできないとの連絡が入ったので私がVeohにアップしてみました。いくつかの映像をここで紹介します。
・Tibet Monks protest againist Chinise rulers チベットの抗議デモ隊に乱射 Online Videos by Veoh.com YouTube版はこちら ・チベット問題を青山さんがズバッと解説 Mr.Aoyama explains about Tibet and China. Online Videos by Veoh.com ・i-morley free tibet campaign video Online Videos by Veoh.com YouTube版はこちら ■チベット独立運動 中華人民共和国は、チベット政府「ガンデンポタン」を屈服させ、1951年に「十七か条協定」を締結し、清末以来、中国政権の統治が及ばなくなっていたチベットの西蔵部分に再び支配権を確立したことを「西蔵和平解放」(西蔵の平和的な解放)と呼んでいる。また1950年代初頭からアムド地方で、1956年よりカムで開始され、チベット動乱勃発の契機となった「民主改革」、1959年以降、西蔵に対する直接統治にともない、同地でも展開された「民主改革」について、「封建農奴制」を覆し、「100万農奴」に「解放」をもたらしたとして高く評価している。 これに対し、チベット亡命政府(ガンデンポタン)側は、古来よりチベットは独立国であったという立場から、中華人民共和国の支配、統治を「不当な占領」と主張し、当初は「独立の回復」を、1979年に中華人民共和国政府との交渉が開始されてからは、「中華人民共和国主権下の真の自治」を求めるという妥協案を提案している。 ダライ・ラマは、臨時政府がダラムサラに居を据えたのち、直ちに世界人権宣言をベースとした憲法草案の制定を指示、ダライ・ラマを国家元首に据えた立憲君主制度をうたった憲法草案が1963年に制定、公布された。インドとネパールを主とする世界各地に分布する亡命チベット人社会は、憲法草案(のち何度か改訂されている)に依拠して組織されている。主な亡命チベット人の入植地は、ダラムサラ(約12,000人)、ムンゴット(14,000人)、マイソールなどである。 なお、ダライ・ラマ14世は、その平和的かつ地道な活動が高い評価を受けて1989年にノーベル平和賞を受賞した。なお、「ダライ・ラマ14世」は、金盾で掛っている禁止ワードであり、ノーベル平和賞の受賞に対しても完全無視を決め込んだだけでなく、関連図書の持込さえも禁止されている。 中国共産党は、結党直後は、かつて清朝の支配下にあった諸民族の「民族自決権」を認め、1931年に江西省で樹立した「中華ソビエト共和国」時代には、チベットを含めた諸民族に対し、「民主的な自治邦」を樹立し、「自由に中華連邦に加入し、または脱退できる」と規定する憲法を制定するなど、高度な自立性を認めていたが、1949年の「中華人民共和国」建国以降は、「チベットは中国の不可分の一部分」という主張に転じ、今にいたっている。 東西冷戦に加え、文化大革命が行われていた時期は中華人民共和国とチベット亡命政府側にまったく交渉はなかったが、1970年代末以降接触が再開、チベット側は、「完全なる独立」を取り下げ、「中国主権下の完全な自治」・「チベット全域を単位としたチベット人の自治行政単位の設定」などの主旨で妥協する提案を何度か行っているが、中華人民共和国側はこれを「形を変えた独立の主張」だとして拒否した。また、ダライラマ14世は、21世紀初頭からは「チベットの独立は経済的地理的に非現実的であり、チベットは中国の一部である」と述べている。[1] ラサ市では当局の厳しい締め付けにもかかわらず、地元チベット系住民や僧侶の抵抗運動も時折発生している。チベット動乱によりダライ・ラマ14世がラサを脱出して30周年にあたる1989年3月には、大規模な抗議運動が暴動にまで発展し、多くの死傷者を出した。それ以降、外国人のチベット訪問には多くの制限が設けられた。また、同じく49周年となる2008年3月には、3月10日のデプン寺の僧侶によるデモに始まる抗議運動が、3月14日には大規模な暴動に発展し、多くの死傷者を出している。米国の短波放送・自由アジア放送などによると、僧侶や尼僧を含む10人あまりのチベット族がチベットの旗をふり、ビラを配りながら抗議活動を行ったところ、中国政府の武装警察が殴るなど暴力で抗議活動を鎮圧。聖職者への突然の暴力に、パニック状態になったとされる。また、300人の僧侶が参加してデプン寺からジョカン寺までデモ行進する計画があったが、市中心10キロの地点で武装警察に鎮圧され50人以上が連行されたという。なお、中国当局は「ダライ・ラマ14世側による組織的な破壊活動」としており、その「証拠もある」としているが、ダライ・ラマ14世側は否定している。 -Wikipediaより (続く) |












